会社の地下一階で社長とともに乗り込んだハイヤーが向かった先は、料亭が多いことで知られている坂の街だった。その一角にある懐石料理の店に、社長は慣れた様子で入っていく。
組子で鶴をかたどった美しい飾り障子の個室に通され、赤い座布団が敷かれた座いすに腰を下ろすと、タイミングを計っていたように料理が運ばれてきた。
「いいお店ですね」
「ゆっくりできるだろ」
向き合った席で社長は吸物の椀に口をつけ、気が抜けたように息をつく。
蘭の絵柄が描かれた漆塗りの椀は、ふたの裏側にもかわいらしい絵があしらわれていて、吸物の優しい味とあいまって気持ちが和んだ。
ふたりきりの個室に、最初は警戒の音を立てていた心臓も少しずつ落ち着いていく。

