相棒、篠神悠と出会ったのは、中学3年生の秋だった。

初めて見たのは、公園の噴水に腰掛けてギターを弾いている姿だった。 

ギターの音色、小さな声で口ずさむ歌。
もっと、もっと聴きたい。

音楽になんか興味はないはずなのに、いつの間にか私は彼の創り出す音楽に引き込まれていった。

…途端に、音が止む。
思わず顔を上げると、不思議そうな彼の表情。


「…何か用?」


いつの間にか、音に誘われるように彼の元に近づいていたらしい。
それでも彼は、怪訝そうにする様子もなく、ただ不思議そうにしていた。

もしかしたら、彼は無意識的に知っていたのかもしれない。
音楽が、人を惹き付けることを。


「あ、ごめんなさい。歌、聴いてたらいつの間にか…。」


自分でも、彼の音楽にここまで引き込まれた理由が説明できない。
言葉に表せないまま、口をつぐむ。


「音楽、好き?」


彼はそう聞いてきた。


「…好き、は、好きなんだけど…詳しくはないから…。」


歌を聴くのは好き。
でも、何も詳しくはない。

聴くのはJ-POPばかり。
音楽家の名前も片手で数えられる程度しか言えなければ、楽器だって弾けない。
楽譜も読めないし、歌うことだって得意とは言えない。


「詳しくなきゃ好きとは言えないなんて、誰が決めたの。」

「えっ…?」

「詳しくなくても、好きって気持ちに代わりはないだろ。」


真っ直ぐな瞳は、私の瞳を見つめて、逸らさない。


「…好きなものは好きだって言っていいんだよ。その方が気楽でいい。好きなものも増える。」


今思えば、彼のその考え方も好きだった。


「俺、バンド組むのが夢でさ。その夢のために、この公園でよく作詞作曲してんだよ。」

「そうなんだ。」

「と言っても、まぁ今の段階ではメンバーは俺だけなんだけど。」

「え、そうなの!?」


思わず、大きな声を出してしまう。


「…そうだよ。いないんだよなぁ、周りに。バンドやりたいって言ってくれる奴。」

「…そっか。」

「…あ。」

「ん?」

「どう?」

「どうって、何が?」

「バンド。」

「…ん?」

「俺と。」

「…え?」

「バンド。」


…何度か言葉のラリーを交わした。
交わした、はずなのに。

理解が出来ない。


「それは、どういう…?」

「だから、俺とバンド、どう?」

「…。」


返す言葉を探す。
まず、彼の意図は…。


「俺、今スカウトしてんの。君のこと。」

「えぇっ…!?」

「音楽、好きなんだろ?バンドは興味ある?」

「ない…こともないけど…。」


確かに、バンドの曲も聴く。

でも、特定のグループを追いかけているわけでもなければ、CDを買い集めてもいない。ライブにも行ったことがないら。だから、バンドについて詳しくは…。

そこまで思って、言われたばかりの彼の言葉を思い出した。

『詳しくなきゃ好きとは言えないなんて、誰が決めたの。』


詳しくない。
でも、好き。
部活の試合前に聴くとテンションが上がるあの曲は、バンドの曲だった。


「…興味、ある。」


楽器なんて弾いたこともない。
でも、新しい世界に飛び込んでみたくて。

飛び込むなら、彼と一緒がいいと思った。