夢中で彼を抱き締める私に答えるように、八木さんの腕が私の体を抱き締めていた。
背後でガチャンと鉄の扉がしまる音が響く。
玄関の壁にもたれるようにして、私は彼の頭を抱き締めたまま、しばらく動けずにいた。
八木さんの柔らかい髪を指ですくように、何度も彼の頭を撫でた。
あやすように。
慈しむように。
苦しんでる彼をあのまま突き放すことなんて、出来なかった。
あんな目で、あんな風に私を頼ってくれる八木さんが愛おしくて……。
彼のそばにいたかった。
けれど不意に聞こえてきた声に肩がビクッと震えた。
「……ら……ん」
私を抱き締めながら、八木さんの口からこぼれた声は、切なげに何度も「らん」という二文字を繰り返した。
その切ない声音に、彼の髪をすく私の指が止まる。
息も一緒に止まりそうなショックが私を襲った。
らん。
……菅谷……蘭。
菅谷さんの名前だと、すぐ分かった。
普段八木さんが菅谷さんを「菅谷」と呼ぶときの声じゃなく。
仲間や他の女子を呼ぶときの声でもなく。
多分、彼の中に秘めた苦しいくらいの菅谷さんへの想いが込められた彼女だけへの声音。
……ズルいよ。
そう思った。
こんな声で菅谷さんを呼びながら、私を抱き締める八木さんの事が、堪らなく憎らしかった。

