次にバッターボックスに先輩が立った時、二人が睨みあうのをもう取材陣も文句を言うのを止めていた。
その中で、投げ出されたボールを先輩はフルスイングした。音も感じることもできないぐらいの、風を切るボール。
軽々とネットを飛び越えたボールは、応援席へ勢いよく落ちていった。数秒だったはずだ。たった数秒の静寂の後、大きな歓声と共にタオルがひらひら舞う。
興奮し過ぎて音が合わない音楽部の応援曲が流れてくる。
やっぱり先輩はヒーローだった。ベースを踏みながら、仲間が待つホームへ走って行くと、皆に抱きしめられている。大物ルーキーは下を向いて帽子を深く被りなおした。
球場内がうちの高校へ賞賛の歓声を挙げる。勝負は――最後まで諦めなかった先輩たちの圧勝だった。
ファンファーレが流れ、スピーカーから流れ反響して聞き取りにくい中、先輩の声が聞こえてきた。
『今日の日を、仲間と、先生と、友人と、家族と、毎日のように夢見ていました』
柔らかい、落ちついた先輩の低い声。
『今日がゴールじゃなく、始まりの日になれたのは、今日までを応援してくれた皆のおかげです。戦友たちの甲子園への思いを馳せた試合を勝ち進んだ俺たちは、甲子園に行くだけで満足しません。そんなの、今日の日を胸に頑張ってきた同じ思いの皆に失礼だ。狙うなら、甲子園でも優勝です』
先輩の言葉に球場内は沸き上がった。真っすぐな、裏も表も無い響也の声に私も嬉しくなる。
『今日、御守りのお陰でつまらない事を考えなくてすみました。腐らずに済みました。心に声が響いてきました。俺の好きな音色が応援してくれていました。野球部が頑張ってきた事をこの御守りと共に空に飛ばせて、俺を導いた声が、今も俺を支えています、心はずっと傍にいてくれるから』



