近衛先輩だけが、一人微動だにしなかった。
彼の精神はそれぐらいでは揺らがない。
けれど完全に流れは、親の名前に負けず頑張ってきたエースを勝たせてあげたいと心を統一させた向こうの高校に飲み込まれていた。
あんなに頑張った音楽部の演奏が向こうの声援にかき消された。毎日毎日、暗くなるまで練習したチア部の応援の華やかさや笑顔が向こうに負けている。頑張って来たのは近衛先輩も一緒だと、皆知っているはずなのに。
そんな中、トップバッターの近衛はヒットを打ちそのまま一点を取った。
肩は大丈夫なのだろうか。
無理をしていないだろうか。
そんな心配をよそに、近衛先輩は青空に大きな弧を掻くヒットを飛ばすと、小さな声援に手を上げ応える。
取材陣からは明らかに不満げな声が漏れたのを聞き逃さなかった。
次にうちの野球部の攻撃になったら、近衛先輩は出て来なかった。
代わりに二年が投げて三振を取っていく。――完全に向こうへ。それはつまり、うちの高校が追いやられていると。
(近衛先輩だって毎日毎日が頑張って努力してきたのに!?)
応援席の士気が低下しているのは、火を見るより明らかだった。
そんな中、取材陣が私の後ろを通った。
「で、開始早々向こうのキャプテンの近衛がヒット打って一点入ってから、出てきてないんだって」
「出てきていない?」
「大物ルーキーなんかと戦わせるかと、馬鹿にしてエースを下げたのかってすごく反感かってるそうだよ」



