人魚たちは他の多くの魚と同じように卵を産んで子どもを作る。
そのため直接人魚の男と契ることはないのだ。
結局未來とのことも解決されることなく琉海は海を後にした。
駅に戻る途中で肉の焼けるいい匂いがしてくる。
見ると古びた焼肉屋から煙が出ている。
「牛丼も美味しかったけど焼肉の方が好きだな。焼肉美味しかったなぁ」
琉海はバックから紙ナフキンの束を取り出した。
あの日男が書いたものを琉海は捨てずに全部取っていた。
ハンカチに包んだ桜の花びらも。
「また会いたいなぁ」
あの日男はずっと琉海の手を引いていた。
「火花かぁ」
その手はずっとひやりと冷たかった。
「やっぱり違うんだね」
そのとき強風が吹いて紙ナフキンの1枚が飛ばされた。
琉海は慌てて追いかける。
どうにか追いついて拾った瞬間ズクンとお腹が痛んだ。
「痛たたたた」
琉海はそのままうずくまった。
昨日も何度か痛みを感じていた。
「やっぱ、行かないとだめかな」
海のドクターに教えてもらった琉海の副作用を止める薬をくれるというところ。
琉海は短い息を切れ切れに吐いた。
なかなか痛みはおさまらない。
姉たちに助けを求めるには水辺から離れすぎてしまっていた。
痛みはどんどん酷くなってくる。
琉海の中に淡い期待が芽吹く。
こういう時、琉海がピンチのときコートの男は琉海の前に現れる。
もしかしたら今度もまた琉海を救ってくれるかもしれない。
「痛っ、た、す、け、て……」
名前を呼ぼうとしたが出てこない。
ああ、そうだ。
あたしはあの男の人の名前さえも知らないんだ。
痛くて目が開けていられない。
遠くの潮の香りに混じって濃い香りがした。
気配を感じる。
あの人だ。近くにいる。
濃い香りが揺らいだ。
今にも琉海を抱きかかえるのではないかと思うほど気配はすぐそばまできた。
が、すっと消える。