「とりあえずさ、今日は僕んとこきなよ」

 未來は琉海がうなずくのを確認すると歩き出したがすぐに振り返った。

「あ、その前にちょっと車取りに行くの付き合って」

 琉海は大冴が入って行った建物を見上げた。

「明日には大冴の機嫌も治るさ」

 琉海はうなずくと未來の後ろをついて行く。

 そしてもう1度振り返る。

 誰もいない。

 せっかく返したこのコート、また借りることになってしまった。

 あの人はどこへ行ってしまったんだろう。

 一緒にいようって言ってくれたのに、どうしてあたしを置いていなくなっちゃったんだろう。

 街灯の下に黒い影が見えたような気がして目を凝らしたがやはり誰もいなかった。

 もしかしてあの人はあたしを大冴のところに送り届けてくれたのだろうか。

 あたしが大冴に一言言わなきゃって言ったから、このまま行こうって言ってくれたのに、あたしがダメだって言ったから。

 もしあたしがそんなこと言わなかったら、あの人はいなくならなかっただろうか。

「さっきからずーっとなに考えてんの?」

 未來が片手でハンドルを操りながら訊いてきた。

 駐車場に駐めてあった未來の車は銀色のスポーツカーでついでにちょっとドライブをしようと未來は言った。

「大丈夫だよ、大冴はあんな感じだけど根は優しい奴だから。琉海ちゃんのこと本当に心配してたんだよ。でも実際驚いたよね。大冴が女の子連れてきたのにはさ。律が……」

 未來は話の途中で口を噤んだ。

「知ってるそのこと」

「そっか」

 未來は短く呟いた。

「なんで男2人助かって女の律が死んじゃったんだろうな。僕もあの嵐の日から眠れない日が続いてさ、夜中に何度もうなされて起きるんだよね。最近やっと睡眠薬がなくても眠れるようになってきたけど、大冴はまだまだだろうな」

 立ち入り禁止の大冴の部屋。

 あの扉の向こうで大冴は眠れない夜を過ごしていたのだろうか。

 むせび泣く自分を誰にも見られたくなくて、固く扉を閉ざし誰も入れないようにしていたのだろうか。