「なんだおまえか。荷造りはもう済んだのか、っておまえは荷物なんてないか」

 明日、東京に戻ることになっていた。

「なにやってんの」

「文句の言い納め。律を殺した海にな。なんかさ不思議だよなって思って。律が死んだ後こんな海見たくもないって思うだろうと思ったら逆でさ、なんかまだ律がこの辺りの海にいるようでさ、そう思うとこの海自体が律みたいに思えてきて、なんだか離れがたいんだよ」

「見つかってないんだっけ」

「ああ」

 それはもうとっくに沖に流されてしまっているだろう。

 お腹を空かせたサメに食べられているか、海の底に沈んでエビやカニなどの腐食動物に群がられているかのどちらかだ。

 琉海は海の中で何度かそういう人間の死体を見たことがある。 

 でももし、あの時琉海が助けていれば、今大冴の横に立っているのは自分ではなく、律というあの女だっただろう。

「まだここに居たかった?なんかあたしのせいでごめん」

「戻って来たかったらまたすぐに戻って来れるし、ずいぶん長い間ここいたからそろそろ東京に戻ってもいい頃だと思ってたんだ」

「仕事もあるんでしょ」

 大冴は卑屈な笑い方をした。

「会社は俺がいてもいなくても同じさ」

 大きな別荘にヨット遊び、そして極端すぎる偏食。

「大冴って金持ちの馬鹿ぼんぼん?」

「馬鹿は余計だ」

「でもぼんぼんなのは否定しないんだ」

「うっせーな」

 怒ってるような笑っているような大冴を琉海はもっとからかう。

「甘いもんばっかり食べるから馬鹿になるんだよ」

「黙れ肉食女」

 茶々丸がはしゃいで飛び跳ねる。



 そんな2人を遠くから男は見ていた。

 男の足元で砂が風で舞った。

 太陽の代わりに上って来た月にその顔が照らされる。

 男の瞳の深い蒼が切なそうに琉海を見つめていた。