いや、それはいい。
東京の、と大冴が口にすると「する!」琉海は大声で返事をした。
東京に行けるチャンスだ。
行ってしまえばあとはもう治ったとかどうにでも言い訳はできる。
大冴が望み薄な以上、もう1人の王子かも知れない未來に早く接触しておかなければ。
あたしには限られた時間しかないのだ。
琉海は周りに誰もいないのを確認すると海の中に向かって呼びかけた。
「姉さんたち、姉さんたち」
しばらくして姉たちが顔を出す。
「あたし東京に行くことになったよ」
琉海は近状を報告する。
「もしかしたらその腹痛は副作用かも知れないよ」
1人の姉が言った。
副作用は水に濡れると体に鱗が浮き上がるだけではなかったのか。
もし本当に副作用だったら、また痛くなるかも知れない。
痛いのは嫌だな。
「その時は海のドクターが紹介してくれたところに行きなよ」
琉海は「うん、分かった」とうなずいた。
「わたし達も東京に行くから、なにかあったら海に来るんだよ」
琉海は最後の姉が水の中に消えるのを見届けると浜をゆっくりと歩き出した。
犬の散歩をしている人や上半身で体操しながら歩く老人とすれ違う。
誰かが向こうからやって来る度に琉海は目を凝らした。
「もう1度会いたいんだけどな」
琉海はずいぶん長い間浜辺をうろついていたが、コートの男には会うことはできなかった。
夕日が水平線に沈んでしまい、空から夜が降りて来る。
1匹の犬が走って来ると思ったら茶々丸だった。
波打ち際に大冴が立っているのが見えた。
微動だにせず大冴が見つめている水平線はすでに海と夜が溶け合い境界線がはっきりしない。
いつも散歩に出かけるけど、こんなことしていたのか。
「大冴」
琉海が呼びかけると大冴はすぐに振り返った。