琉海に吹きつけていた冷たい海風がぴたりと止んだ。

 すぐ近くに気配を感じる。

 琉海は顔をうずめたまま呟いた。

「やっぱり来てくれると思った」

 気配は琉海の横に腰を下ろすとふわりと琉海を包む。

 琉海は顔を上げてその蒼い瞳をのぞき込んだ。

「海男」

——体はもう大丈夫?

 海男は訊いた。

「海男こそ無茶して、死んじゃうところだったじゃない」

——どうせもうすぐ死ぬから同じだよ。

「同じじゃないよ!ちゃんと最後まで生きて」

 琉海は海男の胸を叩いた。

「なんで、なんであたしを追って人間なんかになったんだよ馬鹿。あたしなんかのために、海にずっといればよかったのに、そうしたらもっとずっと生きてられたのに」

 海男は琉海の手を取るとそっと口づけた。

——人魚の琉海はとてもきれいだった。琉海に一目惚れしたから仕方ないよ。

 海男は笑い、メモを琉海に手渡す。

——でも琉海は食べ物にしか興味がなかった。そんな琉海も可愛いと思った。

「海男……」

——大冴のところに戻りな。

 琉海は首を振った。

「戻らないよ、あたし大冴のところには戻らない」

——なんで?大冴に人魚になってもうんじゃないの?

 琉海は海男の書いたメモを小さくたたんだ。

「大冴は人魚なんかにならないよ。大冴の心には律しかいないもん。だからあたしが死ぬ時大冴を道連れにする心配ももうないし、本当に死んだ大冴のお兄さんが陸の王子だったらあたしはひとり人魚に戻れるし、そう、本当に真人が……あ」

 琉海は自分の羽織っているコートのことを思い出した。

「このコート死んだ真人のものだって、なんでお爺さんのだって嘘なんかついたの?」

 海で拾ったのだと海男は言った。

「もしかして……、海男は真人を見たことがある?」

 蒼い瞳の奥が揺らぎ、そして海男はうなずいた。