「もはや姫の心が他の男にあっては伝説は叶えられないでしょう。だったら王子を殺してその人間の男を人魚にしなさい。そしてその男の子を産むのです。海の姫と人間の男からは新たな伝説の姫が生まる可能性がとても高いといいます」

 姉たちの間でどよめきが起こった。

 人間が人魚に?

 姉たちは信じられないとお互いの顔を見合わせる。
  
 深海の魔女は美しく装飾された短剣を琉海に手渡した。

「これで陸の王子の心臓を一突きするのです」

 短剣を握る琉海の手が震えた。

 これで未來の胸を一突き、なんて……。

 できるはずがない。

 琉海は剣を投げ出した。

 ぽちゃんと小さなしぶきをあげ剣は海へと沈んでいく。

「できない、できないよ、未來を殺すなんてあたしにできるはずないよ」

「殺すのです」

 深海の魔女は琉海に手を差し出した。

 その手には海に投げたはずの短剣が握られている。

「殺すぐらいだったら未來を好きになる。 他の男だったらまだしも、未來を殺すなんて絶対無理、大冴は諦める」

 本心だった。

 琉海は魔女の手を振り払った。

「もし陸の王子を心から愛せなかったとき、少しでも心が他の男に残っていると、あなたは死んでしまうのですよ」

「分かってるよそんなこと」

 未來を今以上に好きになることはできるかも知れない。

 でも大冴への気持ちを消し去ることは不可能だろう。

 それでも未來を殺すより自分が死んだ方がましだった。

 今の琉海になら分かる。

 代々の伝説の姫たちが王子を殺さずに自らの命を差し出した気持ちが。

 未來でさえ琉海は殺すことができないのだ、これが大冴だったらなおさらのこと。

 自分が生き残るために愛するものを手にかけるなんて。

 深海の魔女はその透き通る白い瞳で琉海を見つめた。

「やはりあなたは本物の伝説の姫ですね」

 深海の魔女は言った。