「ねえ、むうちゃんむうちゃん、海男の色を見てほしいんだけど」

 むうちゃんは厨房にいなかった。

 見回すと外へ出られる扉が少し開いている。

 のぞいて見るとむうちゃんがビールケースに腰かけてぼんやりしていた。

「あ、むうちゃんいた、こんなとこでさぼって」

 むうちゃんは手をかざし眩しそうに琉海を見た。

 ゆっくりと腰をあげると厨房に戻ってくる。

「ねえ、むうちゃん海男の糸の色って何色?さっきじっと海男を見てたのって糸を見てたんでしょ」

「あの彼って何者だい?」

 むうちゃんはいつになく真剣な顔をしている。

「何者って……海男は……どうしたのむうちゃん、海男なにか変?」

 まさかむうちゃん、海男が普通の人間じゃないって気づいた?

「見えないんだよ、彼には。運命の糸が」

「そ、それって海男には運命の相手がいないってこと?」

 むうちゃんは難しい顔をして違うと首を振った。

「いや、運命の相手がいない人は1人もいない」

 むうちゃんは言った。

 生まれて間もないうちに死んでしまうなど、今世で運命の相手と出会えない人もいるが、大抵はどこかで必ず同じ糸の相手と出会う。

 それに今世で出会えなくても過去世で出会っているだろうし、来世でもまた必ず出会う。

 糸は時空を超えて繋がっているものだから、それがないってことは有りえないのだと。

「なんで海男には運命の糸がないの?」

「本当にないのか、それか彼だけあたしに見えないのか」

 むうちゃんは腕を組む。

「ねぇ、もう1度ちゃんと見て、どっかにあるよ。海男は胸からじゃなくて背中から生えてるかも」

 海男だけ運命の糸がないなんて可哀想すぎる。

 海男にもちゃんといる。

 運命の相手がちゃんといるはず。

「あ、ちょちょっと」

 琉海はむうちゃんの腕を引っ張って暖簾をくぐった。

「ねえ、海男!」

 海男はいなくなっていた。

 テーブルには焼いた肉が琉海の取り皿にてんこ盛りにされていてその横に紙ナフキンのメモが残っていた。

—ー今日は楽しかった。用事を思い出したので帰るね、急にごめん。

 バイトの男の子が「琉海さんには声をかけなくていいって言われたんで」と、ちょっと申し訳なさそうに寄ってきた。

 支払いももらっちゃってます、と伝票をひらつかせる。

「彼は見られるのが嫌だったんじゃないかねぇ」

 琉海の横でむうちゃんがぼそりとつぶやいた。

 琉海は紙ナフキンを手に取った。

 どうして海男?