琉海

 海男の唇がそう言った。

 揺れる蒼い目。

 その目に黒い瞳が重なった。

 大冴

 でもあたしが好きなのは大冴。

 風が吹いた。

 琉海は1度ぶるっと体を震わせると小さなくしゃみをした。

 海男はそっと琉海の肩を抱き寄せる。

 海男の手は冷たいのにその体は温かかった。

 これからどうする?

 と訊いてくる海男に琉海は「大冴にこのおはぎ持って行ってあげなきゃ」と応える。

——じゃあ、途中まで送っていくよ。

 明るい月が桟橋に2人の影を作った。




 大冴の家に向かう途中にむうちゃんの店があるのに気づいた琉海は、「ちょっと寄りたいとこがるんだけどいい?」と電車を降りた。

 むうちゃんの店は相変わらず混んでいて、バイトの男の子もすっかり仕事に慣れたようでてきぱきと客の注文をこなしていた。

 琉海たちを見るとすぐに4人がけテーブルを離して席を作った。

 立ち寄っただけだと伝えていると奥からむうちゃんが出てきた。

「なに言ってんだよ、ちょっと食べてきなよ」

 むうちゃんは琉海に笑顔を向け隣にいる海男を見た。

 海男を紹介すると、「あんたもモテるねえ、またこんな色男を」と暖簾の向こうに戻っていった。

 むうちゃんの店を海男も気に入ったようで、ちょっとだけ食べていく予定だったのが、結局2人で10人前の肉を平らげてしまった。

 時々むうちゃんが注文の肉を持ってやってきた。

 その度にむうちゃんは海男をじっと見た。

 もしかして海男が普通の人間じゃないと気づいたのだろうか?

 いや、むうちゃんは琉海のことも全く気づいてない、糸の色は見えてもそういうことは分からないはずだ。

 あ!

 琉海は気づいた。

 もしかしてむうちゃんは海男の糸の色を見ているのだろうか? 

「そうだ海男、ここのむうちゃんがね糸の色が見える人なんだよ。ねえねえ海男の色は何色か聞いてみようよ」

 琉海は席を立った。