中には墨のような液体が入っている。
『これを飲ませんるんや、食べ物や飲み物に混ぜてもいい』
琉海の手がわずかに震える。
大冴が人魚になることを承諾してくれるとは思えなかった。
人魚になったら大冴はあたしを1番好きになってくれるだろうか?
死んだ彼女のことを忘れてくれるだろうか?
それとも騙して人魚にしたあたしを恨むだろうか?
いや、自分が飲ませたなんて言わなければいい。
その前に薬のことなんて秘密にしておけばいい。
いきなり人魚になって海に放り出されたらどんなに恐ろしく心細いだろう。
そこであたしが大冴を助けてあげたら……。
あたしは大冴をひとり占めできるだろうか?
想像して頬がゆるむ。
自分の中にあるその喜びは手の中の液体と同じように黒かった。
そんなものが自分の中にあるのだと琉海は知り動揺した。
何も知らない陸の王子を殺し、大冴を騙して海へ連れていく。
「人魚の歴史に残るような極悪人魚だな」
琉海は小瓶をバックの中に閉まった。
捨ててしまおうかとも思ったが、小瓶の中の液体は町医者の想いの結晶でもあった。
君に会いたい、君のそばに行きたい。
琉海には真っ黒に見えるこの液体も町医者には輝いて見えたに違いない。
墨のようなこの液体は飲むとどんな味がするのだろうか。
琉海は窓から流れる景色をぼんやりと眺める。
車内アナウンスが次は横浜だと伝える。
窓ガラスに映る琉海の顔の横からもう1つの顔がのぞいた。
「海男!」
琉海は勢いよく振り返りすぎて額をぶつける。
海男は自分の額をさすりながら微笑んだ。
「海男、海男、海男、海男」
琉海は海男に抱きついた。
「海男、この前はごめんね。もう少し他に言い方があったかもしんない」
海男は琉海の背中を軽くぽんぽんと叩いた。