「やっぱり!もしかしてお爺さんも人魚?」

「爺さんちゃうねん、先生や。わしが人魚でどうすんねん、1年で死んでしまうやろ」

 それはそうだが、この町医者ならそのいつも飲んでる漢方が特殊な薬で1年以上生き長がらえているとも考えられる。

「人魚じゃなかったらなに?」

「人間や」

 驚きだった。

 人魚の存在を認める人間がいたのか。

「驚いたやろ。驚いた顔しとうな」

 琉海はうんうん、と頭を振る。

「もっと驚くこと教えてやろか。わしは人間は人間でもただの人間やない。人魚と恋に落ちた人間の男や」

「うっそ!」

 思わず立ち上がった琉海の口を医者はふさぐ。

「そんな大声出すな。外に聞こえるやろ。他は誰も知らんのや」

 ノックの音がしてドアから受付の女性が顔をのぞかせた。

「先生そろそろ」

「ああ、もういいから昼飯食べに行ってき」

 女性はちらりと琉海を一瞥すると医師に一礼した。

 琉海は扉が完全に閉まったのを確認すると、ひそひそ声で町医者に尋ねる。

「お爺さんって陸の王子だったの?」

 医者は首を横に振った。

 ちょうど動きが扇風機と重なる。

「わしは普通の人間の男や。そしてあれも伝説の姫やなくて普通の人魚や」

 伝説の姫以外の人魚が人間の男と恋をしたなんて話聞いたことがなかった。

 それも男の方も陸の王子ではなく普通の男。

「そりゃ海の連中は知らんやろ、タブーやからな」

「タブー?」

「人魚の女と人間の男の恋は選ばれた者だけのものと思っとるやろ」

 町医者は人魚の世界の伝説を熟知していた。

「もしかして海男にいろんなことを教えたのもお爺さん?」

「わしも教えた。でもわしだけやない」

 医者はまたペットボトルに手を伸ばそうとして空なのに気づく。

 背後にある小さな冷蔵庫から新しいペットボトルを取り出す。

「それでどうしたの?お爺さん人魚と恋してどうなったの?」