誰の?あたしは陸の王子の気持ちに応えないと。

 伝説の言い伝え通りに。

 伝説、伝説伝説伝説。

 でも陸の王子なんてどこにもいやしないじゃないか。

 ずっと探しているのにあたしの前に現れてくれないじゃないか。

「あたしは」

「大冴が好きなのは律だよ」

 未來はぴしゃりと叩くように言った。

 あの時、琉海は大冴の糸が今生きている誰かに繋がっていますようにと願った。

 そして願わくば、それが自分の虹糸の糸の1本でありますようにと。

「それでもいい」

 未來は何か言いたげな唇を噛みしめた。

「とりあえず今日は帰る」

 未來は早口にそう言うと店を出て行った。

「未來ごめん、ごめん」

 琉海は未來の背中に呼びかけたが未來は1度も振り向かなかった。

 琉海は長いため息をついた。

 暖簾をくぐるとむうちゃんがこちらに背を向けて座っていた。

「彼もなかなかいい男じゃないか」

「うん」

「でもあんたはあの炎の糸を持つ彼の方に惹かれちゃったんだねぇ」

 振り返ったむうちゃんは悲しそうな表情をしていた。

「あんたと同じ虹色の糸を持つ男を探さなくていいのかい?」

「あたしそんな男はいないと思う」

 琉海はきっぱりと言った。

 運命で定められた陸の王子だっていない。

 最初からいやしないんだそんな人。

「むうちゃんの言ってることを信じてないわけじゃない。でもあたし未來の言ったことは正しいと思う」

 あたしはもう伝説に振り回されない。

 あたしは自由に恋をするんだ。

 そして今、あたしが1番いっしょにいたいと思うのは……。


 大冴。


「それでいい、それでいいよ。運命の糸のことなんて知らない方が幸せなのかも知れない。巡り会って心が惹かれた、それだけで十分な運命だよ」

 店の扉が開く音がして数人の客が入ってきた気配がした。

「さ、今日も忙しくなるよ」

 琉海はうなずき、へいらっしゃい、と暖簾をくぐった。