「待って、帰んなよ」

「壱哉」


掴まれた手が、一気に熱を帯びる。

振り向いたところで、彼の顔は見えないけど、今朝と同じく眉間にしわを寄せているのだろう。だけど、その意味は大きく違う。


「ごめんな、ずっと連絡くれてたのに」

「いいよ、別に……」

「恭哉のこと、マジで助かった。ありがとう」

「ううん」


壱哉は大きく溜息を吐いて、その場にしゃがみ込んだ。

手はまだ握られたまま、熱はどんどんあがっていく。

髪の毛、ボサボサだなぁ。

パーカーを羽織っている壱哉をよくよく見ると、中はファミレスの制服姿で、腰には外し忘れたのか、オーダーを取る時に使う機械をぶら下げたまま。

よほど慌てて来たんだ。

というか、私の連絡を無視していたってわけじゃなかったんだってことにホッとしてる自分もいたりして、その気持ちを恥じた。


「恭哉くん、いい子だね」

「あ、そうだ。あいつに何か言ってくれたんだろ? ありがとな。大泣きしてると思ったのに、笑っててびっくした」

「そんな大したことは……」


首を左右に振ったところで、「お静かに」と看護師さんに注意された。

ぺこりと頭を下げた壱哉が、行こうと私を促す。そのまま廊下を進み、非常階段の方へ、やっぱり手は繋いだままで。

人目の付かないところで足を止めた彼は、


「ごめんな、美波」


ギュッと私を抱きしめた。

今にも泣き出しそうな、壊れそうな、切なくて、でもちょっと甘いその声を耳の傍で聞きながら、私はこの人を救いたいと思った。