「先生、こんにちは」
「こんにちは、美波さん。調子はどう?」
「うーん、変わらず、かな」
ここは、都内の心療クリニック。
お決まりとなった挨拶を交わした私は、勧められた椅子に腰を下ろした。向かいに座っているのは、小学生の頃からお世話になっている女医の亜希子先生だ。
「夜はよく眠れる?」
「まぁまぁです」
「それなら結構。最近、不安に感じていることはあるかな」
「特にはないです」
紙の上をペンが走る音がする。
40代後半くらいの亜希子先生は、今度珍しく手書きでカルテを記入する先生で、診察時間が長い分、患者と正面から向き合って診てくれる良い先生だ。
それに、さっぱりした性格で話しやすい。
「変わりなし、ね。でも、なんか良いことあったでしょ」
「え、先生、分かるの?」
「分かるわよー、何年あなたを診ていると思うの」
「そうですね」
「話せるなら、話して」
「実は……」
先生に恋愛相談なんてしてもいいのかな。
戸惑いはあったけど、聞いて欲しい気持ちの方が勝ち、壱哉と親しくなったこと、彼と話したこと、自分の中に芽生えた感情などを説明する。
音楽室でのやり取りは、話している途中、顔から火が出るかと思った。