軽く右手をあげて、走り去っていく壱哉。
角を曲がって見えなくなるまで見送り、さぁどうやって家の中に入ろうか、と思案している時だった。
『美波?』
『げ、大貴くん!?』
見覚えのある車が目の前に停まったと思ったら、運転席のドアが開き、1番見られたくない人がそこにいたのだ。
『げ、とは何だよ。こんな時間まで何してたんだ? 今の男は、』
『と、友達! ちょっと色々あって遅くなっちゃっただけで、別に何も……』
思い出しただけで、胸が疼いた。
2度目のキス、痺れる熱さ、強烈なシトラス。
心臓が爆発しそう。
私が黙り込んだのを、大貴くんは落ち込んでいると受け取ったみたいで、車から降りてきて助手席のドアを開けてくれた。
『俺が何とかするから、乗って』
『大貴くん?』
『大丈夫、誰にもバレないように家に入れてやるから。ほら、そんな顔しない』
『怒らないの?』
『もう十分、反省してるだろ? 今日はたまたま遅くなってしまっただけ。な?』
『うん、ありがとう』
門限を破ったのは、初めてだった。
でも、案外、家に居なくても、気づかれないものなんだなと思った。
両親も、お姉ちゃんも、お手伝いさんも。
私の存在なんて、その程度なのかもしれない。
ただ、大貴くんだけが心配してくれて、裏口からそっと家の中に入れてくれた。



