「―――待て!」
と、言われて素直に立ち止まる人っているのだろうか。
ましてや鬼の形相で追いかけて来たら逃げるに決まっている。いや、実際のところ鬼の形相なのか、はたまた笑顔なのか、私には分からないけれど。
とにもかくにも今現在、何者かに追われていることは確かで、どこか身を隠せるところはないかと路地の方へと滑り込んだ。
しかし、
「いた! あそこだ!」
なんてしつこい奴らなんだろう。
良い歳した大の男が数人掛りで大人げない。立ち止まったのを確認してから、じりじりと距離を詰めてくるそのぼんやりとした姿を眺めて。
あぁ、もう鬼ごっこも終わりかな。
なんて思ったその時、不意に後ろから誰かに腕を掴まれ引っ張られた。
何? 何なの?
思うより先に、真っ暗な世界へ放り込まれる。
ドアが閉まる音。
突如感じる、熱気。歓声。
真っ暗なのに不思議と怖いと思わないのは、周りに大勢の人がいて、ざわざわと賑やかで、それほど遠くない先に明りもあって。
――――ダンッ、
という大きな音を皮切りに、音楽が始まったからだ。