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あの頃は見つめるのも躊躇われたが、今は腕の中であどけない顔を見せてくれる。彼女と恋人でいられることを心から嬉しく思う瞬間だ。


「ん……」


辺りはすっかり朝の日差しに包まれていた。透子は起きる気配を見せたが、まだ眠そうに目を擦っている。


「おはよう」


朝起きて一番始めの挨拶を交わせる喜び。きっと彼女も微笑んでくれるだろう。


そんな思いに浸っていた矢先、


「なんで…こっち見てるのよ……」


透子は、まるでおぞましい物でも見たかのように目を見開いた。


「……っ!

アラサー!すっぴん!寝起き!!
覗くな危険の不可侵領域に決まってるでしょ!」


「え?」


彼女の言ってる意味が分からずにいると「見るなボケ!」と顔に枕が飛んで来る。そのまま彼女は手近にあった服を……おそらく俺のシャツを引っ掻けてベッドを飛び出してしまった。


「何なんだ、一体……」


起きた瞬間に台風のような人である。あの安らかな時間はどこに行ってしまったんだろう。


透子のいないベッドに居続ける意味もないので、シャワーを浴びて朝食のルームサービスを注文する。

彼女はというと、パウダールームに隠りきっている。


「もう……次やったら怒るからね!」


仁王立ちで、すっかりと身支度を整えた透子に指摘された。「次やったら怒る」と言うが、もう怒っている風体なのが理不尽だ。



「意味がわかりません。寝顔を眺めるのは恋人として当然の権利かと」


「そんな権利は認めない!じっと見るなこの変態!」


毎度ながら酷い言い様である。これはこれで、楽しくはあるのだが。


「そうですか、変態の透子」


彼女は今にも「何よ」と怒り出しそうに目付きを一層険しくさせる。


「かつては俺の寝顔を穴の空くほど観察していましたよね?変態」