実際には酒を飲むでもなく、飽きもせずに俺の顔を眺めている。

人の顔を眺めるより他に退屈を紛らわす手段が無いのだろうか。今更ながら、この客間に雑誌やテレビの類いの調度品が無いことを呪った。


しかし、


「ふふっ

何も考えないで見てられるなぁ…」


その言葉を聞いて、もう好きに見れば良いと考えを改める。


俺にとっては真綿で首を締められるような状況ではあるが、顔を眺める間は矢野さんが痛みを感じずにいるならそれでいい。

つい先ほどまで、彼女は失恋で顔をぐしゃぐしゃにして泣いていたのだから。

そして俺には、その痛みを鈍らせる以上のことはできないのだから。


「……」


どれだけ時間が経ったのか、静寂は微かな寝息に変わっていた。自分も眠っていたのか瞼が重たく、再び意識を手放しそうになる。


しかし、足を伸ばしたら爪先が彼女に触れたので、弾かれたように飛び起きた。


近すぎる。


まったく、矢野さんという人は。
もう少し危機感があっても良いのでは……ないでしょうか。


彼女は今ではすやすやと心地よさそうに眠っている。顔にかかっている髪を払うと、白い肌の上をさらりと滑る。直視して良いのか悩む光景だ。


「んむ…」


しかし寝返りを打った彼女がうつ伏せになったので、悩むまでもなかった。彼女はあれだけ俺を観察したというのに、俺にはその機会は与えられないらしい。


眠っている彼女の髪を撫でると、胸の内の苦しさが増した。願わくば、彼女が次に目覚めた時には涙を流さずに済むように。どうしても我慢ができなくなったなら、せめて彼女の泣き場所が俺であるように。


「早く、元気になってください」


矢野さんを抱えて、起こさないように布団に寝かせた。