一度は遠退いた彼女の足音が近付いたかと思うと、額に冷たいタオルをあてがわれる。


心地良くて、苦しい。



「まだ熱いなぁ」


点滴でいつも通りに戻ったはずの体調が再び異変をきたす。あなたがそうやって手のひらで検温する限り、俺は平熱にはならないと思う。



そんな具にもつかない考え事をしている間、ずっとすぐ近くに彼女の気配があった。



「本当に、きれいな顔…」


なるほど、彼女は俺の顔を観察していたのか。意識を傾ければ彼女の視線が雨のように降り注いでいるのがわかる。


だが正直なところ、自分の顔には嫌気が差している。


親族から容姿について何か言われる度に、この顔と家柄以外にお前には何の意味もないのだと指摘されているようだった。


「じっくり見れるのは今のうちだもんね」


何を思ったのか矢野さんは布団の隣に座蒲団を並べている。そこに伏せって眺めることにしたようだ。


近い。風呂上がりのせいか、勝手に彼女の甘い香りまで運ばれてくる。


「ほーんとに、かっこいいな」



地獄である。


楽しそうな彼女には悪いがこの状況で微動だにできないのは、たちの悪い冗談のようだ。


彼女はすぐに触れられる距離で警戒心もなく寝転んでいるのだ。その上こちらが誤解してもおかしくないようなことばかり呟いている。



「かっこいい」などと言っていても、それはただの外見的賛辞に過ぎないのだ、と自分に言い聞かせる。


彼女の胸の内には別の男が住んでいて、心から「かっこいい」と思う相手は俺ではない。



「花見酒、月見酒……真嶋酒?

ここまで綺麗だと、有りだよなぁ」



……。


人の顔を肴に酒を呑もうとしないでほしい。


だいたい今夜はあの男と飲んだ帰りだというのに、まだ呑み足りないとは。大酒呑みめ。