薄暗い中で彼女の寝息が聞こえてくる。規則的で静かな音は雨垂れのように心地良い。

彼女と朝まで一緒にいられるのはいつ以来だろう。起きている時よりあどけない印象の寝顔。このまま彼女が目覚めるまで、飽きもせずに眺めていられる。


首筋にうっすらと青い血管が透けて見える。小さな肩が微かに上下するのを見ていると、その寝息を昨夜のように甘く乱れた吐息に変えてみたくなる。


とはいえこの安らかな眠りを邪魔する気にはなれず、また彼女の寝顔を見つめる。


少しずつ窓の外が明るくなってきていた。いつまでも夜のままで構わないのに。


「んー…」


寝返りを打った透子がこちらを向いて、彼女の手が自分の腕に乗った。起きる様子も無いまま俺の腕を引き寄せて、その上に顔を乗せる。


「んむ…」


満ち足りた様子で再びすやすやと寝息を立て始めた。この場所が丁度良いと言わんばかりに、気持ち良さそうに眠っている。


こちらはその無防備な可愛さに身動きもできずにいるというのに。


起きている時には怒るか照れるか、どちらにせよ普段から甘える方ではないのに、急にこういう素振りを見せられる俺の身にもなってほしい。


無意識の彼女を非難するわけにもいかず、甘ったるい苦しさを持て余して頬をつつく。


「んふっ」


微かに微笑みなから眠る彼女を見て、それが完全に逆効果だったことを悟った。しかも


「なつ…」


と眠りながら名前を呼ばれては、未知の感覚に崩れ落ちそうになる。無意識でも透子の中に自分の居場所があるのだ。当たり前のように、隣に。


すぐにでも抱き締めたいが、それでは彼女を起こしてしまうだろう。妥協点として艶やかな髪に手を伸ばす。失恋と同時に髪を短く切った透子の髪は、今では出会った当初と同じくらいの長さになっている。


髪に指を通しながら、以前にも似たような状況で彼女の髪に触れたことがあるのを思い出していた。