「それは、まだ、ちょっと……」


「一緒にいられる時間が短くて辛いのは俺だけ?

そばにいない時には透子の心配ばかりしてるのに」


じっと見られて思わず後ずさりする。甘える態度に心をぎゅっと掴まれて、反論する言葉を失った。

でも、後ろに下がった距離を縮めるように夏雪が近づくので、顔の近さは変わらないまま。


「俺は透子の一番近くにいたいんだけど」


「心の準備がいるの!

大好きだから、夏雪に幻滅されるようなとこ見せたくないし」

今度こそ自分の気持ちを伝えるように最大限努力してみた。顔が無駄に赤くなるけど、私だって素直になりたい。


「…………」


夏雪はこちらに向けた視線を外して黙ったまま、なぜか乱れてもいないソファのクッションの位置を整え始めた。クッションが角度を揃えてきれいに整列していく。


「どしたの?」


「いえ、何でもありません。その心配は考慮不要ですので前向きに検討願います。」


「!?

何で敬語に戻っちゃってるの?」


せっかく親しみのこもった話し方をしてくれて嬉しかったのに。どういうわけか夏雪は私を非難する視線を向けて軽くため息をついた。


「敬語を省くと透子がむやみやたらと可愛いくなるので俺の理性が持ちません。

あなたを襲ってばかりでは愛想をつかされそうですし」


「え………」


「それとも、好きにしていいんですか」と囁かれてやっと言葉の意味を理解して、条件反射のように「馬鹿!」と怒鳴る。


「はい、そうやって罵られるくらいでちょうど良いです。お陰さまで最近はあなたに怒られると安らぐようになりました。」


「もう………いっつも怒ってるみたいに言わないでよ」


クスクスと笑う顔は、すっかり部下だった頃の生意気な表情に戻ってる。優しい言葉で喋る夏雪はどこに消えたの!?


「照れた裏返しの反応が分かりやすくて、それも可愛いですよ。

もし俺が蔑まれることに歓びを覚えるような性癖などを身に付けたら、責任取って下さい。」


「責任なんか取れるか馬鹿!ボケっ、変態!!」


笑いながら「そんなに俺の調教に積極的にならなくても」と勝手な解釈をする夏雪に、これ以上怒鳴ることもできなくて困り果てる。


「ほんっと変態」


「心外ですね。あなたに夢中なだけなんだけど。

いい加減、俺を振り回していることに気付いたら?」


油断した頃に洒落にならない言葉を投げられた。


この悪魔め。


「ね、人並み外れて格好いいことわかってるの?ただでさえドキドキしてるのに、これ以上は気が変になりそう。

ちょっとは考えてくれないと、私なんかすぐに夏雪のことでいっぱいになるんだから」


「あなたという人は…………

やっぱり限界です。今のは透子が悪い」


ソファの上に体を倒されて、吸い込まれそうな夏雪の美貌が近付いた。


「本当は俺を翻弄して遊んでいるんでしょう?」と囁かれた言葉は、私が夏雪に言いたいくらいだったけれど。


額が夏雪のさらさらした前髪に触れて、痺れたように動けなくなる。反論してる余裕なんかすぐに無くなった。


とっさに視線から逃げようとしたのに、いつの間にか見つめていたい気持ちが勝ってる。大きな瞳には、知らない顔の自分が映っていた。


Fin.