今夜、シンデレラを奪いに 番外編

「それは、俺への当て付けのつもりですか?」


「え?」


「俺はあの謎の生物……高柳さんの婚約者とは違うので、言葉遣いの調整くらいはできます。

今は透子の部下だった頃の話し方を引きずっているだけで」


くすりと笑う夏雪に、嫌な予感が冷や汗となって背中を伝う。私はさっき主語を高柳さんに置き換えて、ものすごく恥ずかしいことを言って…………しまってたり………。



「猫に嫉妬する可愛げがあるなら、直接言え」


「…………っ。嫉妬なんかしてないっ!」


焦ったように否定しても、それは私の内心を暴露するのと同じ。夏雪を睨んだところで既に白旗を上げているようなものだった。


さっきは夏雪がりっくんに優しい言葉で話しかけて、とろとろと笑顔で抱っこしたりするから、つい羨ましいと思って見てしまったけど………まさか気付いているなんて思わなかった。


「言わないのなら変えません。あいにく機嫌が悪いので、今は透子を苛めたい気分なんです」


「な、何よそれは!」


「俺は嫉妬しましたよ。よそ見は許さないと言ったはずです。」


意外な言葉に振り返ると、夏雪は瞬きもせずにこちらを見ている。



「嫉妬って…………、高柳さんに?」


「とぼけないで下さい。

鴻上のことは、まだ忘れられませんか?」


切なげに眉を寄せた表情に息を飲んだ。

あの時の話も夏雪に聞こえてたんだ。予想外に鴻上さんの話題になって驚いたけど、…………そういうことじゃなくて。


「鴻上さんの失恋相手が理緒さんだって分かって、びっくりして。

あんなに付け入る隙の無い人を好きになるなんて…………鴻上さんは辛いだろうなって思っただけで」


「Pity is akin to love.」


英語で答えられてもよくわからない。「何?」と聞き返すと腕を取られて強く抱きすくめられた。


「憐れみは恋に似ている

可哀想だと思う気持ちは、惚れているようなものだという意味です。」


耳元で英語の授業のような解説を囁かれる。授業と違うのは、夏雪の腕の中から逃げられないことと、言葉の一つ一つが胸に刻まれていくことだ。


「英語のことわざですよ。日本の有名な小説にも引用されています。」


「…………っ、可哀想と好きは全然違うと思うけど!そのことわざ考えた人は大雑把過ぎる。」


「いいえ、透子は世話焼きだから『助けてあげたい』とか思うのでしょう?

どこまでが憐みでどこまでが愛情か、あなたには線引きできないはずです。


俺にそうしたのと同じように。」


夏雪はまだ私が知らない表情をしていて、知らない声をしていた。月が陰るように気配が変わっている。

目が合うと深い水底に落ちたみたいに息が苦しくなった。