その場から動けず、仁くんの足元を眺めていた。


「私だけをずっと愛してくれるって…この間言ってたのに、どうして…」


「ここ数日、菜子がずっと傍にいてくれて幸せだった。満たされた。このままマンションに君を連れ帰って永遠の愛を誓うのもいいと思った。その一歩を踏み止まった理由は、良斗なんだ」


黒瀬先輩…。


「僕の意識がないと親戚が連絡を入れた時、良斗が言ったんだって。"輸血が必要なら自分の血を提供するし、兄が助かるためなら自分の臓器も使っていい。弟だから自分が1番力になれる"って。冷静にそう言ったんだって」


我慢していた涙が溢れ出した。


そこにあるのは、ただの兄弟愛。


すれ違い、遠く離れた場所であっても、黒瀬先輩が仁くんを想う気持ちは真っ直ぐだった。



「敵わないよね」


嬉しそうに仁くんは笑った。


「ちゃんと良斗と向き合いたい。今までのことも謝りたいと思っている。そのために僕は君との婚約を解消する。これは君のためだけでなく、僕のためでもあるんだ。分かるよね、菜子?」


もう私はーー頷くしかなかった。



私が仁くんに向ける感情が、"同情"であることも認めざるを得なかった。