ーーなこ、菜子。起きて。
優しい声で名前を呼ばれる。
黒瀬先輩?
期待しながら返事をして、
気付く。
黒瀬先輩は"菜子"とは呼んでくれない。
…呼んで欲しいな。
「菜子、朝だよ!」
肩を叩かれ、重い瞼を開ける。
「仁くん!」
「泊まってくれたの?風邪引くよ」
私に自分のカーディガンをかけてくれた仁くんは、頭を撫でてくれた。
ベッドに寄り添うように椅子に座ったまま眠ってしまったようだ。時差ボケもあるのかな。
目を擦るとやっと視界がハッキリした。
そうだ、ここは病室だ。
残りの夏休みを彼の看病のために過ごすと決めた。
「僕はまだ検査入院が必要だけど、菜子はきちんとベッドの上で寝るべきだね。コレ、あげる」
手を出すように促されて、そしてーー掌に重い感触。
「鍵?」
「うちの合鍵。菜子にあげようとずっと持ってた。タイミング逃しててさ、渡せてなかった」
春まで待って欲しいと頼んだから、まだ仁くんの住まいも見ていない。
タイミングを逃したというより、私が彼にその機会を与えていなかっただけだ。身勝手な都合で、仁くんを待たせてしまったな。
「ありがとう!大切にするね」
それでも今、私が出来る最大限のことは素直に喜ぶことだろう。
仁くんの身に何事もなかったことを感謝しながら。



