話してみよう。
抱え込み、行き場のないこの思いを言葉にしてみよう。
「婚約者とは幼馴染で、両親が決めたことでした。でも彼は私のことを想っていてくれて、小さい頃から大切にしてくれて。彼に必要とされるのなら、その気持ちに応えたいという思いがあります。だから黒瀬先輩のことは忘れようとしているのに、婚約者と会っている最中でさえ、あなたの顔が浮かぶ」
黒瀬先輩は雲の多い空を見上げながら、黙って頷いてくれた。
「婚約者のことは愛してるし、彼と人生を共にすることに迷いはありません。それでも黒瀬先輩を忘れることができなくて、告白したのです。あなたが私をフッてくれると期待して。しかし先輩はありがとうといつも受け取ってくれて…ひどく傷付いてこの恋を終わらせたいのに、そうすることができないんです」
ああ、これじゃぁ。
黒瀬先輩を咎めているみたいだ。
「あなたは優しすぎます」
言葉を切る。
上手く伝わっただろうか。
いつの間にか涙は止まっていた。
「俺が本当に優しい人間なら、今、ここで君をフッて。君が正しい道をきちんと歩めるようにしてあげることが、最善だよね」
先輩…。
覚悟はできています。
「残念ながらそこまで優しい人間じゃないよ。どちらかと言ったら性格が捻くれてるしね。だから俺は君にーー新たな道を提示する」
新たな道?
先輩は私を見た。
その表情からは何も読み取れない。
「君が望むのなら、その婚約者から」
一語一句聞き漏らすまいと耳を研ぎ澄ます。
「君を奪ってみせるよ」
落ち着いた声に、背中が震えた。



