相馬先輩がゆっくりとほんの少しだけ扉を開けた。
英語準備室から2人の声が聞こえる。
「黒瀬くん…いい加減に悪あがきは止めたら?あなたのやっていることは、子供が駄々をこねているだけよ」
「鈴宮先生、手伝うことがないのなら戻ります」
「ちょっと!良斗!」
屈んで中の様子を見ると、黒瀬先輩の腕を鈴宮先生が掴んでいた。
「良斗、私と結婚してうちの会社を継がない?あなたの才能を活かせる場所があるわ」
鈴宮先生特有の甘ったるい声ではなく、真剣な物言いだった。
「俺を買いかぶりすぎだよ、香織」
ーーカオリ?
親しげに黒瀬先輩は鈴宮先生の肩に手を置いた。
「俺のために、ありがとう。香織には心配ばかりかけてるね」
「私はあなたのためならなんだってするわ。教師を辞めることだってーー」
「俺は香織の流暢な英語が、大好きだよ」
ーー大好き?
黒瀬先輩にそんなことを言わせる鈴宮先生は、彼にとってどんな存在なのだろう。
聞いていられず、その場をさっと立ち去る。
空気を読んだ相馬先輩はなにも言わなかった。