電話は、裕和からだった。


「もしもし?」


『恵、今いい?』


「いいよ、どうしたの?」


『週末の引っ越しだけど、仕事の区切りついたから、俺も行くから』


「そうなんだ、もう業者さんに頼んだし、弟も来るから平気なのに」


『なんか、心配なんだよ』


「わかった、でも東京駅には迎えに行けないよ」


『いいよ別に、直接向かうから』


「何時ごろになるかわかったら連絡して」


『わかった、じゃあおやすみ』


「うん、おやすみ」


電話中も、背中に刺さるような冷たい視線を感じていた。


「須川さんか?」


「・・・うん」


「そっか」


「じゃあ、帰るね。


カギは玄関に置いてあるから。


ちゃんと戸締まりするんだよ」


昴は私の言葉には答えず、私も昴の顔を見ることなく立ち上がった。


ひきとめてほしい気持ちがあふれそうで、足を止めかけた。


でも、それは人としてやっちゃダメだ。


振り返らずに玄関に向かい、靴をはいてドアを開けた。


後ろ手でドアを閉めたから、昴の顔は見なかった。


駅へ歩きながら、もしかしたら昴が追いかけてくれるかも、と淡い想像をした。


わざとゆっくり歩き、曲がり角で振り返り、昴の姿を探した。


当たり前だけど、昴はいなかった。