「たかむらせんせー!
フランス行かないでー!!」

「先生いなくなったら学校に来る意味がわかんない!行かないでー!」

高村先生の最後の授業の日。

彼は一日中、スマホのカメラと女子学生に追われていた。

学生食堂にいた女子学生達が一斉にざわついたので、彼が来たことはすぐにわかった。

逃げているのか、追われるのを諦めているのか、困り顔で彼は食堂に入ってきた。
女子学生達の群れの中でも、頭一つ抜き出て背が高いので、すぐに見つけることができる。
動く彼を少しでも記憶に残したい、
そう思う気持ちは私にもよくわかる。

花に群がる若いミツバチのような、一群が、
女性の甘い香りを残して過ぎていく。
美しく、華やかな若い女の子達。
彼が手を差し伸べれば、どんな女性だって、
手に入れれるだろうに

「なんで私なんだろう‥」

髪にツヤもなく、手は家事でガサガサ。
腰にはカイロを貼った女。それが私。

ため息を一つついて、箸に手を出し、わかめうどんをするすると口に運んだ。
暖かい優しい味が口に広がる。
今日も夫ときまづくて朝から朝食もたべそこねた。

「揉めましたか?ご主人と」

「‥‥嬉しそうですね」

「えっ、僕、顔に出てます?」

台風の目のような存在だったのに、
どうやって女子をふり払えたのか、
彼は一人で私の前に立った。

「同席してもかまいませんか?」

「どうぞ。すごく視線をかんじますが」

沢山の女子達に、遠巻きにすごく睨まれている気配がする。

当の本人は全く気付いていない。

コーヒーを一つ握りしめて、静かに、そして優雅に、腰をおろした。


「夫が、貴方の事、検索してましたよ。迷惑をかけてしまうかもしれません‥。うっかり、喋りすぎました。名前なんてばらさならさなければ良かった」

「僕は、覚悟はできています。最悪貴女に迷惑がかかるなら、僕がストーカーだったとでも言ってくれていいです。
しかし、貴女が良いなら、ご主人に、僕がいかに貴女を必要としてるか、プレゼンテーションでも」

「やめてください」

「すみません」


しばらく、二人とも黙って、
私はうどんを。彼はコーヒーを口に運んだ。