「由乃ちゃん‥」
いつから聞いてた?

紺色のブレザーと白いマフラーが長い手足を隠しきれず、寒々と膝がでている。
冷え冷えとした外気をまとい、冷たい頬と唇が、わなわなと震えていた。

私と、夫と、転がった缶ビール。
異常な雰囲気のリビングに彼女は足をゆっくりと踏み入れてきた。

「由乃‥。フランスの大学に行きたい、って言ったのは、おまえがあの先生が好きだから、なのか?違うよな?」

立ち上がった夫は異常なアルコール摂取でふらついていた。

「ママと、あの男のこと、知ってたのか?」
「パパ‥。あの男、って言ってるのは、誰のこと?」
「高村ってやつだよ!ママの浮気相手だよ!」
浮気、と、夫に言われて、胸がズキンと痛んだ。
「浮気、とか、そういう汚い言葉にするのやめてよ。パパ。じゃあ、逆にパパは、琴葉さんの『夫』だった?お手伝いさんとか、私とパパの世話をしてくれるだけの人と思ってたんじゃないの?じゃあ、パパにとってのお手伝いさんが恋したら、それって浮気⁈」

「由乃ちゃん!いいよっ!私は、いいんだよ」
「最初は、気付いた時は、ショックだった。高村先生が本気出したら、パパなんてかなわないって、悩んだ時もあった。だけど、高村先生は絶対に琴葉さんを大切に思ってる。
私っ、二人を応援してる!
だって琴葉さんが好きだから‥っ!
そんな琴葉さんを大事にしてくれる高村先生が好きなの!私が、ついて行きたいって、言ったの!パパの元にいても琴葉さん幸せになれない!」

「ゆのちゃんっっ!」

悲鳴に似た声が、自分の声帯から響いた。

大変だ。

私は自分勝手な思いであまりに彼女と夫を傷つけているのかもしれない。

私は膝から冷たい床に崩れ落ちた。