「車を濡らしてしまってすみません‥」

高村先生は、静かに頭を下げた。

「いえ、元は私のせいですし」

手で、お詫びを制し、自分のスカートに目がいった。
私のほうがぐっしょりだ。
村上先生には明日、お詫びを言おう‥。

いや、それより、車、本当に臭くないだろうか?




彼の自宅は、私がいつも高速で降りるのに使うジャンクションの、一つ向こうの降り口だった。

「あ、じゃあ私たち、帰りが同じ方向ですね」

そう言ってエンジンをかけると



「ヘイ!!!カマンベィベー!イェェェイ!!!」

「!!!!!!」
「?‥⁈」

自動でカーオーディオのCDが、どかーんと鳴り始めた。

やばい!

アップビートのKポップが流れる。
メンバーのハイトーンボイスが高らかに車内に響いた。朝、音量を大きくしたことを後悔しても遅い‥。

額に変な汗が出てきた。
いつもはこの曲で、とても前向きな気持ちになるのに、今は雑音にしか聞こえない。

ちょっと‥歳の割に、曲が若すぎるかも‥。

ああ、知り合って間もない人を自分の空間に招き入れるのは、やはり控えるべきだ‥
絶対にイタイおばさんだと思われただろうか。
「あ、いや、ちょっ‥すみません、止めま‥」
オーディオの曲を止めようとしたその時、

彼がそれをやんわりと制した。

「レッドイーグルですよね。柴田先生、お好きなんですか?僕も大好きですよ」

「えっ⁈高村先生がですか?!」

あまりにも以外だった。

思わず彼の方に顔をむけて、
初めて彼の目をしっかりと見つめたら、
目眩がするほどの美しい笑顔を見せてくれた。






「あ、いや、私が好き、というか、娘がファンなんです」

正直言えば私も好きだ。
レッドイーグルのファンクラブにも入ってるし、去年は日本で行われたツアーにも娘と行った。

「そうですか。娘さんがいらしたんですね。
僕も彼らの曲、好きです。あまり表立っては言えないですけど‥。でも、柴田先生、去年の日本でのツアーも行かれたんですよね?」

「え!なっ、なんで知ってるんですか?!」
「あ!先生!危ないです!前!前!」
「ああっ!すみません!!!」

あまりに動揺してしまい、車を大きく揺らしてしまった。


ふぅ、と、一呼吸して、彼は手を行儀よく自分の膝に、きちんと置いた。

「だって、車の鍵についているキーホルダーが、去年のツアーの物でしたから‥」

「あっ、あれ‥!」


それは、黒のシンプルなレザーのキーホルダー。ツアーに一緒に行った娘が、これなら露骨にならなくていいんじゃない?と、勧めてくれたのだった。

「そのキーホルダーが、レッドイーグルの物だとわかって、どうしても鍵を手渡ししたかったんです」


そう言われて、
もう私は観念するしかなかった。

「本当は、韓国に行きたいくらい好きなんです‥」



そうですか、と、
彼はまた、とても美しく笑った。