振り向いたのは、やっぱり高村先生だった。


「柴田先生、すみません、お通夜に間に合わなくて‥」

彼はお焼香を済ませて、申し訳なさそうな顔で私の方へ歩み寄ってくれた。



本当に、
なんて華がある人なんだろう。

喪服が彼の細さと小顔を際立たせ、
それはもう、匂い立つような美しさだった。
誰かの小説で、喪服の未亡人を黒い百合と
表現した話があったが、例えるなら、
それにぴったりだ。
彼は未亡人ではないけれど。


喪服なら
夫も村上先生も着ているのに‥。

本日はご愁傷様でした‥と、
彼は頭を下げた時、額にキラリと汗が滲んでいた。

(急いで来てくれたんだ‥)


急いで来てくれる人もいれば
母親が亡くなったのに、遺体は動きそうで怖い、と言う人もいる‥

情けなさとありがたさに涙が出そうだった。

私は
この連日で疲れきっていた。
心もやさぐれてぼろぼろだ。




「来て下さって‥ありがとうございます」


「いえ。柴田先生もお疲れ出ませんよう‥今日はお焼香だけで、失礼いたします‥ご多忙な時間に申し訳ありませんでした」


「‥‥そんな、とんでもないです」


(もう少し、いてほしい‥)


不埒な想いが、胸の中に芽生えた。

ダメだ ダメだ
そんな事、言えない。
だって気持ち悪いじゃない。


葬式に色気付いてんだとか、思われたら
情けないじゃない。


「?柴田先生?大丈夫ですか?」

彼が背を縮めて、黙っている私を心配そうに
覗きこんだ。

幅のある二重が、大きな黒目がちの瞳を
最大限に際立たせている。
それに腹が立つくらいの長い睫毛。
どうなってんの
その造り。
何食べたらメイクもせずに
ツルツルお肌でいれるんだろうか。

疲れで恥じらいも忘れて、
しばし眺めてしまった。








「柴田先生も、お疲れ出ていませんか?
お一人でお母様のケアをなさっていたんでしょう?」

「いえ、私にできることなんて、あまりなかったです。義理母は、出来ることは一人でコツコツとやりたい人でしたし。でも、今となると、やっぱりそれを介護、とか、お世話ってくくりにされるんですよね‥」

彼はうんうんと、頷き、私の愚痴に黙って耳を傾けていた。

「義理母ができないことを、少しお手伝いするだけなのに、上も下もないですよね。
でも、どうしても私がやってる部分が強調される気がしてました。ケア、って良い方は良いですね。何か『介護』と言う言葉に変わる、良い日本語って、ないのでしょうか‥」

ため息を、胸の奥に流しこんだ。


ぽつりと呟いた。

「bien-être 」

「はい?」

「ビヤン ネートル。福祉をフランス語でそう表現します」

「フランス語、ですか‥」
彼は確かフランスの大学に在学していた。
由乃ちゃんの情報だ。

「福祉、という意味の他に、『幸福感』とか、
『充実感』と、いう意味もあるんですよ」


(幸福感‥)


彼は、にっこりと笑った。