次に気がついた時、目を開けると見覚えのない白い天井が見えた。ツンと鼻につく独特の匂い、ここがどこなのか嫌でも理解する。
「あ!梨沙さん気が付いたんですね!今医師を呼んできます!」
「あ、はい」
声もはっきり出る。意識もはっきりしてる。なんで…。
『佑久に近づかないでほしい』
『梨沙はいいよね!?』
『私が梨沙に近づかない』
『次に梨沙が佑久に近づいたら許さないから!』
『許さないから!』
『許さないから!』
頭の中に希華の声がこだまする。希華の泣きそうな顔が瞼の裏に浮かんでくる。起きた時にはなかった胸の痛みが酷くなる。苦しい。希華の声しか聞こえない。はあ、とため息をこぼし点滴の刺さっていない方の腕で目元を覆う。家族や佑久には見せないもう一つの私が脳裏にちらつく。いつも笑って流そうとしてるけど本当は流せてなんかいなくて全部全部心の奥底に沈めてる。沈めて、沈めて、もう限界まで達してきていた。苦しい…
「梨沙っ!!!」
「わっ、お母さん…」
「大丈夫なのね!?」
「う、うん。今お医者さん来るって」
「そう、そう…よかった……」
突如現れたお母さんは病室に入ってくるなり私を抱きしめた。さっきまでの感情を隠していつも通りお母さんと接する。お母さんは私を見て心底安心した、という表情で目に涙を貯めたまま地べたに座り込み両の手で顔を覆った。お母さんの肩は小刻みに震えていて見ているだけで心臓を鷲掴みにされているようだった。それからお医者さんが来て少しの問診をしてもう大丈夫だろう、という話になった。今日のうちに退院出来るだろうと。それを聞いてお母さんはまた目にいっぱいの涙を浮かべていた。
「お母さん…」
「よかった、よかったね…っ」
「うん、ごめんね、お母さん」
お母さんは言葉を返しながらぽろぽろと泣き出した。私の方が子供なのに今だけはお母さんの方が子供のように見えた。静かにお母さんの背中をさすりながら私の頬にも温かい涙が伝っていることに気付く。自然と心が温かくなって笑が溢れてきた。お母さんの優しさが温もりを通して伝わってきたみたいで心地よかった。顔をあげればお医者さんも優しく微笑みながら涙をこぼしていた。ここにいるみんなが私と同じ温かい気持ちになっているのかな。
「いけないいけない、私まで泣いてしまいました」
そう言ってお医者さんはまた笑った。その笑いが伝染して病室の中が笑いに包まれる。ほんわかした空間の中で突然頭の中に希華の声が響いた。
『許さないから!』
「……っ…」
「梨沙?どうかした?」
涙を拭いながら微笑むお母さん。もうこれ以上心配はかけたくないよ。大丈夫、いつも通り私は笑える。
「ううん、なんでもない。それよりお母さん目真っ赤!」
「えぇそんなに??」
あはは、とまた笑い声が病室を包み込んだ。
その後お医者さんはほかの患者さんに呼ばれて病室をあとにした。私は希華の言葉を胸の奥にしまい込んでお母さんの他愛ない話をした。
ガタン!
「梨沙!!」
「ひゃあっ」
突如現れた謎の男性…と思ったけれど声だけで誰だかわかる。佑久だ。ガラにもなく焦った様子で病室に飛び込んできた。入ってくるなり私に近付いてくる。「大丈夫なのか?」とか言っているようだったけどそんな佑久の声よりも希華の叫び声の方が頭の中に強く響いている。どれだけ胸の奥にしまい込んでも希華の叫び声は大きくなって戻ってくる。
『許さないから!』
『梨沙はいいよね!?』
『私は佑久がすき』
『近づかないで』
「だめ、だめ……っ、来ないで!!」
「は?」
気がついたときには私が叫んでいた。佑久が意味わからないと全身で訴えかけてきている。そしてまた止まった足が私の方へ向かってくる。さっきよりも早いスピードで。
「どういうことだ?」
「わっ……」
いつの間にか下を向いていた視界は肩を掴んだ佑久の手によってバッと明るくなり心配そうなお母さんの顔と怒ったような佑久の顔が目に入る。
もう、無理っ…。
そう思っときパッと肩に置かれていた佑久の手が離された。そして1歩、佑久は後ろに退いて椅子に腰掛けた。
「そんなに強く噛んだら痕つくぞ…」
「っ……」
こんな時に限ってなんで、こんなに優しいんだろう。ごめん、希華。また近付いてしまった。私は希華にどんな顔して会えばいい?もうあってさえくれないのかな。希華、ごめん…っ。
「…うっ……っ」
涙が溢れて止まらなかった。希華はあんなに苦しそうだった。けど私の前では泣かなかった。きっと希華なりに強がっていたのかな。希華は我慢していたのに、私は全然我慢できてない。希華は泣かなかったのになんで私が泣くの?私が泣いていいわけないのに。私が希華を泣かせているのに。私は最低なヤツだ。希華に呆れられて当然なんだよね。
止まらない感情を無理にでも抑え込む。右手の親指に思い切り爪を立てて食い込ませ、涙を止める。そうすると溢れ出ていた感情も少しずつ引いていく感覚がした。そして病室を見回すと私と佑久しかいなくてお母さんはどこかへ行っていた。
「り……」
「あー疲れたぁー。」
佑久の声にわざと自分の声を被せて遮る。さっきまでの泣いていた自分なんて知らないかのように満面の笑顔で佑久に笑いかけた。佑久はまた意味がわからないと言いたげにぽかんとしていた。そのあとも佑久の言葉を聞かずに大丈夫だと言い続け笑い続けた。お母さんと佑久のお母さんが飲み物を持って戻ってきた時に佑久が小さく「お前、気持ち悪いよ…」とそう言って病室を出ていった。佑久のお母さんは戸惑いながらも「元気そうて何よりだわ」とだけ言って佑久のあとを追って出ていった。
「どうしちゃったのかしらね、佑久くん」
お母さんが言う。
「さあ?なにかあったのかな」
何も知らない、と私は返す。本当は佑久の言葉の意味も分かっていた。自分でも気持ち悪いと分かっていたけど佑久に言われるとは思ってもみなかった。明日、ちゃんと謝ろう。そう思い私はまた笑う。さっきまでの心地よさはどこにもなくてただただぎこちなく気持ち悪かった。
「あ!梨沙さん気が付いたんですね!今医師を呼んできます!」
「あ、はい」
声もはっきり出る。意識もはっきりしてる。なんで…。
『佑久に近づかないでほしい』
『梨沙はいいよね!?』
『私が梨沙に近づかない』
『次に梨沙が佑久に近づいたら許さないから!』
『許さないから!』
『許さないから!』
頭の中に希華の声がこだまする。希華の泣きそうな顔が瞼の裏に浮かんでくる。起きた時にはなかった胸の痛みが酷くなる。苦しい。希華の声しか聞こえない。はあ、とため息をこぼし点滴の刺さっていない方の腕で目元を覆う。家族や佑久には見せないもう一つの私が脳裏にちらつく。いつも笑って流そうとしてるけど本当は流せてなんかいなくて全部全部心の奥底に沈めてる。沈めて、沈めて、もう限界まで達してきていた。苦しい…
「梨沙っ!!!」
「わっ、お母さん…」
「大丈夫なのね!?」
「う、うん。今お医者さん来るって」
「そう、そう…よかった……」
突如現れたお母さんは病室に入ってくるなり私を抱きしめた。さっきまでの感情を隠していつも通りお母さんと接する。お母さんは私を見て心底安心した、という表情で目に涙を貯めたまま地べたに座り込み両の手で顔を覆った。お母さんの肩は小刻みに震えていて見ているだけで心臓を鷲掴みにされているようだった。それからお医者さんが来て少しの問診をしてもう大丈夫だろう、という話になった。今日のうちに退院出来るだろうと。それを聞いてお母さんはまた目にいっぱいの涙を浮かべていた。
「お母さん…」
「よかった、よかったね…っ」
「うん、ごめんね、お母さん」
お母さんは言葉を返しながらぽろぽろと泣き出した。私の方が子供なのに今だけはお母さんの方が子供のように見えた。静かにお母さんの背中をさすりながら私の頬にも温かい涙が伝っていることに気付く。自然と心が温かくなって笑が溢れてきた。お母さんの優しさが温もりを通して伝わってきたみたいで心地よかった。顔をあげればお医者さんも優しく微笑みながら涙をこぼしていた。ここにいるみんなが私と同じ温かい気持ちになっているのかな。
「いけないいけない、私まで泣いてしまいました」
そう言ってお医者さんはまた笑った。その笑いが伝染して病室の中が笑いに包まれる。ほんわかした空間の中で突然頭の中に希華の声が響いた。
『許さないから!』
「……っ…」
「梨沙?どうかした?」
涙を拭いながら微笑むお母さん。もうこれ以上心配はかけたくないよ。大丈夫、いつも通り私は笑える。
「ううん、なんでもない。それよりお母さん目真っ赤!」
「えぇそんなに??」
あはは、とまた笑い声が病室を包み込んだ。
その後お医者さんはほかの患者さんに呼ばれて病室をあとにした。私は希華の言葉を胸の奥にしまい込んでお母さんの他愛ない話をした。
ガタン!
「梨沙!!」
「ひゃあっ」
突如現れた謎の男性…と思ったけれど声だけで誰だかわかる。佑久だ。ガラにもなく焦った様子で病室に飛び込んできた。入ってくるなり私に近付いてくる。「大丈夫なのか?」とか言っているようだったけどそんな佑久の声よりも希華の叫び声の方が頭の中に強く響いている。どれだけ胸の奥にしまい込んでも希華の叫び声は大きくなって戻ってくる。
『許さないから!』
『梨沙はいいよね!?』
『私は佑久がすき』
『近づかないで』
「だめ、だめ……っ、来ないで!!」
「は?」
気がついたときには私が叫んでいた。佑久が意味わからないと全身で訴えかけてきている。そしてまた止まった足が私の方へ向かってくる。さっきよりも早いスピードで。
「どういうことだ?」
「わっ……」
いつの間にか下を向いていた視界は肩を掴んだ佑久の手によってバッと明るくなり心配そうなお母さんの顔と怒ったような佑久の顔が目に入る。
もう、無理っ…。
そう思っときパッと肩に置かれていた佑久の手が離された。そして1歩、佑久は後ろに退いて椅子に腰掛けた。
「そんなに強く噛んだら痕つくぞ…」
「っ……」
こんな時に限ってなんで、こんなに優しいんだろう。ごめん、希華。また近付いてしまった。私は希華にどんな顔して会えばいい?もうあってさえくれないのかな。希華、ごめん…っ。
「…うっ……っ」
涙が溢れて止まらなかった。希華はあんなに苦しそうだった。けど私の前では泣かなかった。きっと希華なりに強がっていたのかな。希華は我慢していたのに、私は全然我慢できてない。希華は泣かなかったのになんで私が泣くの?私が泣いていいわけないのに。私が希華を泣かせているのに。私は最低なヤツだ。希華に呆れられて当然なんだよね。
止まらない感情を無理にでも抑え込む。右手の親指に思い切り爪を立てて食い込ませ、涙を止める。そうすると溢れ出ていた感情も少しずつ引いていく感覚がした。そして病室を見回すと私と佑久しかいなくてお母さんはどこかへ行っていた。
「り……」
「あー疲れたぁー。」
佑久の声にわざと自分の声を被せて遮る。さっきまでの泣いていた自分なんて知らないかのように満面の笑顔で佑久に笑いかけた。佑久はまた意味がわからないと言いたげにぽかんとしていた。そのあとも佑久の言葉を聞かずに大丈夫だと言い続け笑い続けた。お母さんと佑久のお母さんが飲み物を持って戻ってきた時に佑久が小さく「お前、気持ち悪いよ…」とそう言って病室を出ていった。佑久のお母さんは戸惑いながらも「元気そうて何よりだわ」とだけ言って佑久のあとを追って出ていった。
「どうしちゃったのかしらね、佑久くん」
お母さんが言う。
「さあ?なにかあったのかな」
何も知らない、と私は返す。本当は佑久の言葉の意味も分かっていた。自分でも気持ち悪いと分かっていたけど佑久に言われるとは思ってもみなかった。明日、ちゃんと謝ろう。そう思い私はまた笑う。さっきまでの心地よさはどこにもなくてただただぎこちなく気持ち悪かった。
