家に帰りしばらくボーとしながら本を読んでいると家の電話が鳴り出した。時計を見るともう夕方7時を回っていてこんな時間に誰だろうね、と言いながら母さんが電話にでた。その様子を見ながらまた本を読み始めると「え?!」という大声が響いた。
「なに。なんかあったの?」
俺が尋ねると電話を切った母さんが少し慌てた様子で
「梨沙ちゃんが倒れたって……」
と言う。その言葉がすぐには理解出来なくて思考が停止した。
「ちょっと、聞いてるの佑久、梨沙ちゃんが…」
「梨沙が…?今は?今どこにいんの」
「中央病院に運ばれたそうよ。これから梨沙ちゃんのお母さんも向かうって」
「俺も行く」
俺も行く、とは言いつつもまだ頭の中がごちゃごちゃしている。梨沙が倒れた?なんで?よく分からないまま母さんと梨沙の運ばれた病院に向かった。

「梨沙っ……!!」
ガタンッ
看護師に病室を聞いて急いで梨沙のいる病室に行きドアを勢いに任せて開ける。すると「ひゃあ」という短い悲鳴とともにベットに座る梨沙の姿が見えた。
「梨沙……お前、平気なのか??」
「あ、う、うん。もう大丈夫。ごめん心配かけたみたいで」
梨沙はすぐに俺から視線をそらして俯いた。大丈夫、とは言ったがその声はぎこちなさを含んでいて全然大丈夫なようには見えなかった。そばまで近づくと梨沙がパッと顔を上げた。
「来ないで……!」
「……は?」
「あっ、や…その……」
梨沙はまた俯いて自分の手を見つめていた。意味のわからない俺はそのまま梨沙に近寄り梨沙の肩を掴む。
「どういうことだ?」
「わっ……」
無理やり上を向かせた梨沙の目は涙でいっぱいで怖がらせたのか、と思い手を離せば梨沙はまた俯いた。しばらく病室の中は重い沈黙に包まれた。俺たちよりも先に来ていた梨沙の母親が俺と梨沙を交互に見ながら心配そうにことの成り行きを伺っていた。俺の母さんは病室のドアの前で立ち尽くしたまま梨沙の母親と同じように黙っていた。俺はベットの横にあるパイプ椅子に座り梨沙を見つめた。言葉が出なかった。なんで梨沙が倒れたのか、元気がないのか、俺に近づくなと言うのか、今の梨沙に何があったのか、全てがわからないことだらけで何をすればいいのかさえわからない。おまけに梨沙は今にでも泣き出しそうなのを唇を強く噛んで堪えていた。
「そんなに強く噛んだら痕つくぞ…」
「っ……う、っ……」
「え、梨沙?」
無意識に零れた言葉に驚いていると梨沙がこらえきれなくなったかのように泣き出した。これには病室にいた3人全員が驚いたようでわたわたと焦り出した。
「みっ水でも買ってこようかしら!?」
「そ、そそうね!佑久君の分も買ってくるわ!」
「えっあありありございます」
一気に騒がしくなった病室は2人の母さんがいなくなってまた静かになった。梨沙は何も言わずに泣き続けたままたまに嗚咽を漏らしていた。
「……わた、私…っ、なんか、」
「っ、?!」
梨沙の口から零れた声は朝に聞いた苦しげな声と重なって聞こえた。よく聞けばあの声は梨沙の声とよく似ている。普段あまり泣かないからすぐには気が付かなかったが今の声でわかった。あれは梨沙の声だ。でも、なんで梨沙があんなことを言うんだ…?
「り___ 」
「っ、もう!あー。疲れたよ。」
「…え?」
声をかけようとすると梨沙はいきなり顔を上げいつも通りの声に戻っていた。表情もさっきまで泣いていたなんてわからないくらい晴れていて人が変わったようだった。
「梨沙?」
「うん?ごめんねー心配かけてさ」
「いやそれはいいんだ。それより」
「私もう大丈夫だから。佑久も心配しないで帰っていいよ?」
俺の声を遮り明るくいう梨沙。まるで俺の声は聞きたくないかのようで早く帰ってほしいとさえ言われているみたいだった。
「おい梨沙」
「はい!お茶とスポドリ買ってきたわよ!」
「あれ?梨沙ちゃんもう大丈夫なの?」
タイミングが良いのか悪いのか母さんたちが戻ってきた。梨沙は泣いたことなんか忘れたとでも言うように明るく笑っていた。その場で俺だけがそこにいないかのような感覚になる。俺が今までに見てきた梨沙は梨沙じゃなくて今みた梨沙が本物のようで笑っている梨沙は偽物みたいだった。
「お前、気持ち悪いよ…」
「え…」
小さく言い放って俺は病室を出た。あとから母さんが付いてきて「何ともなさそうで良かったわね」と笑いかけてくる。それを無視して歩き続けた。
その日は家に帰ってもモヤモヤが消えなくてイライラしながら眠りについた。

次の日はいつもより早く目が覚めて早く家を出た。母さんが昨日梨沙が退院できたと教えてくれたが一緒に学校に行く気にはなれなかった。ひとりで行く通学路は初めての事じゃないのになぜか寂しいような気がした。いつもよりも早い時間に教室に入ると教室の中はガラ空きだった。話す奴もいないからそのまま机に突っ伏して朝のホームルームまで寝ようとした。けど寝ようとしていつもならすぐ眠りにつくのに今日は全然眠れなかった。何かが邪魔をして眠れない。しょうがないから本を読むことにした。腹立たしく思いながら本を読んでいると梨沙が教室に入ってきて隣の席についた。チラッと梨沙のほうを見ればバッチリ目が合った。
「……わりぃ。置いていっちまって。」
「あ、うん。私こそ昨日はごめん。」
「おう…」
ぎこちないまま話終えると先生が入ってきてホームルームが始まりしばらくして琉空がやってきた。いつも通りの朝の教室なのにいつもとは違う気がした。どうも梨沙が気になって仕方が無い。何があったんだよ。