コンコン。

「どうぞ。」

「失礼します。」と入ってきた彼女は、クルリと部屋を見回して

「先生、何処ならいいですか?」と聞いた。

俺が採点をしていると思ったようだ。

「大丈夫ですよ。採点は職員室でしているので。
伊藤さんは、本当に気配りが出来ますね。
きっと、大切に育てられたのでしょうね。」と彼女を誉めた。

すると、みるみる顔を歪ませて

「いえ!そんな事は、ありません。」とキッパリ答え、悔しそうな顔をする。

もしかして……地雷を踏んだ??

この場合………謙遜からくる『そんな事ない』ではない。

『いい育てられ方』に対する『そんなことない!』だ。

浮気を嫌い、家を出たいと言ったのも………家庭に悩みがあるせい??

しまったと思いながら……………話題を変える。

「では、こちらにどうぞ。
ちょっと待ってて下さいね。」

そういうと、席を立って冷蔵庫に進んだ。

手にしたのは………カルピス。

彼女がくると決まって、買っておいた。

机に置くと先ほどの尖りが無くなる。

「どうぞ、もちろん内緒ですよ。僕と伊藤さんの秘密です。」

少しふざけて言うと、すっかり笑顔を取り戻して

「もしかして、ご褒美ってこれですか??
私は、点数を上げてもらおうって思ったのに。」って………。

「これは、ご褒美ではないですよ。
まぁ~伊藤さんに、点数アップも必要ないですけどね。
コーヒーを飲みたい僕のおすそわけです。
伊藤さんはカルピスで良かったですか?」

「はい!嬉しいです。」と高校生らしい表情になった。

内心ホッとしながら

「部活の方は順調ですか?
木曜からは、いよいよお悩み相談のコーナーが始まりますね。
大丈夫ですか?」

「う~ん………って感じです。
悩みって………本人にとって、心の大半を占めるじゃないですか?
でも聞いた方は、その人ほど大変さは感じてなくて………。
私がどんなに一生懸命考えても、悩んでいる人に伝わるのかと思うと………
怖くなって。」

ひたむきな彼女の考えに、驚きと感動を覚えた。