『紲は高1の夏休みにカナダに1ヶ月留学に行く予定だったんだ。洸、お前、行きたいか?』
6月の中旬。突然父さんから電話にて言われた言葉。
俺は即答で“行きたい”と答えた。
紲が見るはずだった景色を、俺はしっかり自分の目に焼き付けたいと思った。
そして、たくさんの経験をして大きく成長するために。
夏休み8月いっぱいを使って初めて海外に行くということで、俺はさっそくパスポートを作成することにした。
その2週間後完成したパスポートを取りに、7月の頭、放課後役場に歩いて向かっていた。
横断歩道を渡って、その300メートル先に役場がある。
ふと、ズボンのポケットに家の鍵がないことに気づいた。
まさかここに来るまでに落としたのか?
役場まではあと250メートルほどで到着するが、鍵のほうが優先のため俺は来た道を引き返すことにした。
後ろに振り返り、歩き出す。
先ほど渡った横断歩道の歩行者用の信号機に目をやると赤であったが、ちょうど俺が渡る手前で青になった。
黄色い帽子をかぶり黒いランドセルをせおった小学生の男の子がこちらに走ってきている。
無邪気で純粋そうな男の子。
俺はこのころ無愛想で可愛げなんかなかっただろうな。
そんなことを考えていたーー
これはきっとなにかの運命なんだと思う。
二度も同じような現場に居合わせたなんて。
もしかしたら、神様が俺を試したのかもしれないーー
そう、今度は俺が助ける番だった。
紲が助けてくれたみたいに。
俺がーー
「ッ危ない!!」
喉になにかが張り付いたみたいに、その言葉さえも出なかった。
手も足もーー体が、まったく動かなかった。
やっと動くことができたのは、小学生の男の子が俺の胸に飛び込んできたから。
だが、その子は自分から飛び込んだわけではなく、“彼女”によって押し出されたんだ。
キイイイイイーー!ドンーー
“彼女”はーー軽自動車のすぐそばで、ぐったりと横たわって......
俺は紲の最期の姿がフラッシュバックしてきて、あのときと同様ーー震えが止まらなくなった。
そばを歩いていたサラリーマンが救急車を呼んでくれ、“彼女”はすぐに搬送された。
救急車の音が遠くなっても、しばらくその場に立ち尽くしていた。
俺は......
紲のような“完璧”とは、ほど遠かった。



