2002年5月15日。

沖縄返還30年と世間で騒がれている頃
わたし、高嶋環は誕生。

日本で欠かせない存在となった大手会社、高嶋グループの1人娘として大事に育てられてきた。

5歳の頃からピアノ、バイオリンの英才教育と共に、華道、茶道、習字の日本の教育を受けさせられた。

7歳になると、舞踊と英語も習い始めた。

10歳になるとピアノのコンクールで全国一位に輝き、華道、茶道でも入賞。

世間では「完璧少女」とまで言われた。

その頃からだろうか。

生きることに喜びを感じなくなったのは。わたしはロボットのように育てられた。

親のいいなりだ。

こんな人生楽しくない。

わたしの人生には




色がない。