「えっ…?」



「俺も飲みたいそれ」


きらきらと目を光らせて


怪しい男は言った。


思わずヤケになって大量に買い込んだけれど




まあたしかにこの量は


1人で飲むのはちょっと無茶だ。





「じゃ、じゃあ…一緒に飲みましょう…」


「やった」



**







「お邪魔します…」



「どーぞぉ」






男の部屋は意外にも片付いていた。



というより



生活感がまるでない。




必要な家具だけが



置きっぱなしになっている、



そんな無機質な雰囲気の部屋だ。






「…なんかシンプル」






「え?あー…俺あんまここ帰ってこないんだよね。たまに帰ってきても、ベッドで寝るぐらい」






「ふうーん…」





なんだか落ち着かなくて



キョロキョロ当たりを見回していると


ふと、部屋の片隅に目が止まった。




部屋の片隅に、



ぽつりと置かれたギターらしきシルエットをした黒いケース。





音楽やってる人なのかな…?





「あの、あれってギター?」




「そーそー。ギター。俺の」





「バンドとか?」




「ん、そうあたりぃー。バンドマンなの俺ぇ」




部屋のエアコンのスイッチを入れながら

へらっと笑って答える男。


胡散臭いな。



こんなボサっとした感じなのにバンドマンって。




「なんてゆうの名前」




「あ…私は羽田響希」




「俺は蓮斗。よろしくね響希チャン」






お互いの名前も知らないのに、



2人で飲もうとしてるなんて


私は何をしてるんだろう…。




しかも一人暮らしの男の家にノコノコと上がりこむなんて



尻軽女なの?私って。




「さあさあ!はやく飲もう!そんな所で突っ立ってないでこっちおいで!」




怪しい男、間違えた、蓮斗が自分が座る向かい側に私を案内する。




少しだけ水滴で濡れた

酎ハイの缶の蓋を開ける。



ぷしゅうと気の抜けた音がする。




「それじゃあ、響希チャンの新しい出逢いに乾杯!」



「ちょっ、まだ出逢ってないからやめて」




「なんでぇ~俺という素敵な男に出逢えたじゃん」





「バンドマンなんかお断りです」



「ひでえ」



蓮斗は、初対面な筈なのに



何故か不思議な安心感があって、



話しやすかった。



お酒がまわると、


私はぽつりと愚痴をこぼした。




「私…付き合う人にいつも浮気されちゃうんだよねぇ…ほんと嫌になる…」





「ふーん?今回もじゃん」




「なんでかなあ…やっぱり顔から入るのがダメなのかな…今回は絶対大丈夫だと思ったのに…」






そう。本当に思ってた。『次は絶対大丈夫』



が何回も繰り返されて



もう恋愛なんてしないって思っても



また人を好きになって。



裏切られて、


また傷ついて、


それでも次こそは幸せになれるって信じて、



でもまた裏切られる。


信じてた人に裏切られるのは


毎度のことだけどいつまでたっても慣れるものじゃないし、


自分が思ってたよりも、その人の事が大好きだってことに毎回気付かされる。




「私…もう疲れた…。」





気づくと私は涙を流していた。



それぐらい、また隼人の事が大好きになってた。



やさしく笑ってくれる笑顔とか、


仕草とか、結構好きだったのになあ。



「隼人…好きだったなあ…。」




突然、机に突っ伏して泣く私の頭に


手が触れた。



少しだけ乱暴に私の頭を撫でるその手は



暖かい。




「疲れたなら休めばいいんですよ、響希チャン。」




蓮斗の優しい声が聞こえる。



「でもさあ、人間って単純だからどんだけ傷ついてもまた出逢い探しに行っちゃうんだよね馬鹿だよなあホント」




まるで自分がそういった経験があるかのように彼は


ハッと切なげに笑って言う。



「少し休んで平気になったらまた次の出逢い探せばいいよ、響希。」



優しく撫でてくれる蓮斗の手は、




思ってたよりあったかくて、



鼻歌まじりに蓮斗が口ずさんだ歌は



綺麗なメロディーで、



私の耳に心地よくて。





たったそれだけの事だったけど





ほっとしたような、そんな不思議な安心感に包まれた気がした。