「す、すみません」


暴走するお腹を手で押さえると、一瞬、東雲部長が纏う空気が和らいだ気がしてちらりと視線をやった。

迷いなくハンドルをさばく彼の瞳はフロントガラスの向こうに定められ、テールランプの赤色を映している。


「……何か食って帰るか」


零された声は想像していたよりも柔らかく、少しだけ安堵した。


「でももう遅い時間ですし、なんなら今日は私が作りましょうか」


この時間だと多くの店がラストオーダーとなるだろう。

明日も仕事だ。

なんなら近くのスーパーで食料を調達してたまには私が手料理でもと、うっかり勝手に作らないというルールを忘れて提案したら。


「やめろ。腹が死ぬ」


東雲部長は速攻で拒否してきた。

ということで──。

私たちのお腹が死なないようにと連れてこられたのは、以前訪れたことがある高級ホテルのbarだ。

アジアリゾート風の店内には、今夜もジャズの生演奏が流れている。

東雲部長の顔を見た店員さんは、丁寧にお辞儀をすると、何も言わずとも私たちを個室へと案内してくれた。

……のだけど。