こんな風に怒りを露わにした部長を見るのは初めてで。
思わず一歩後ずさると、背中には冷たく固い壁の感触。
目の前の東雲部長は明らかに機嫌が悪いのは確か。
そして、その原因も鳳さんの容易く触れさせていた私なのも確か。
「あ、あの」
ごめんなさい、と。
謝罪を口にする直前。
私の腕を掴む大きな手に力が籠められた刹那、部長の右腕が目の端をよぎる。
どこにも逃がさないとばかりに、私を閉じ込めた。
ぐっと顔が近づいて。
それは、会社という場所ではあり得ない男女の距離感。
胸を打つ鼓動が一気に加速していく。
「し、ののめ部長?」
近距離で見つめる彼の瞳には、動揺している私が見えた。
やがて、部長の薄く形のいい唇が開かれて。
「俺は、あいつにお前をくれてやるつもりはない」
身勝手で甘い響きに、一瞬、呼吸が止まる。
突如露わにされた独占欲に、頭の中も、恋心もかき乱され、彼の言葉が意味するものを整理できない。
ただ、わかるのは。
「私たちは、お試しで」
結婚生活を試すだけの間柄。
本当の夫婦ではなく、それは例え体を重ねてしまった今でも変わらない事実。
夫婦どころか恋人でもない。



