そして目が覚めて、どんな顔で東雲部長に会えばいいのかわからないままに階段を降りた私は、特に慌てるでもそっけないわけでもない、いつも通りの東雲部長に小さな溜め息が漏れてしまう。

まあ、お試し結婚生活を提案された時もそうだったし、なんとなく予想はできていたけれど。

それでも。


「朝食は作っておいた。俺は少し早く出るが、向日はいつも通りで構わない」

「ありがとうございます。わかりました」

「それじゃ、行ってくる」

「はい……」


あまりにも普通過ぎではないか。

結婚のいいとこ探しの為に同居しているとはいえ、部下に手を出そうとしたのだ。

からかったつもりだとしても、もう少しこう……あーんした時のように照れたりしてもいいのに。

というか、あーんは照れて押し倒した件では微塵も照れないって意味がわからない。

あれかな。

普段はSだから、やられるのに慣れていない、とか。

……だとしたら。

今、チャンスなのでは。

お試し結婚生活が始まって最初の出勤。

夫の出勤時の新婚夫婦といえば。


「東雲部長! 待ってください」


私は急いで東雲部長の後を追い、足早に玄関に向かう。

ちょうど革靴に足を通した部長は、玄関扉を引こうとしてこちらを振り返った。