部長が負担してくれる。

豪邸に住める。

通勤も今より楽になる。

……マイナス面、なくない?

部長と一つ屋根の下で生活するのは少し不安があるものの、浮いた噂もないクールな東雲部長が相手だ。

ドS攻撃さえどうにかかわせれば……、いや、これを機に部長のドS攻撃に屈しない強さを身に着けられれば私、仕事でも打たれ強い最強な女になれるんじゃ。

メンタル強いキャリアウーマンになって、毎日バリバリ働く。

今回のお試しで結婚っていいかもって前向きになって、いつか誰かと結婚した時にもメンタルが強ければ結婚生活にも役立ちそうだし。

東雲部長はたっぷりと熟考する私をじっと見つめている。

口出しはせずに、私の答えを待ってくれているのだ。

その心遣いに、私は決心する。


「……さすがに、全部お任せするのは心苦しいので、食費や生活費等、自分の使った分は出させてもらえますか?」


私たちのテーブルに、オーダーした飲み物が静かに置かれて。

東雲部長がグラスを手にし、持ち上げる。


「いいだろう。交渉成立だ」


いつもと変わらない淡々とした声に、私もグラスを持つと互いのグラスを軽く打ち鳴らした。

その瞬間。

僅かに、部長の口角が上がった気がして。

けれどそれもほんの一瞬。

グラスが口元を隠し、離れた頃にはいつもの無表情な東雲部長がいるだけ。

……気のせい、だったのかも。

まだ一口も飲んでもいないのにと軽く自嘲し、私たちはお試し生活に向けての本格的な相談に突入したのだった。