一日の練習を終えて「ただいま」と家に帰る。真面目に基礎練習に取り組んだせいで、今日はいつにも増して腹ペコだ。
リビングに向かい「お母さん、夜ご飯なに?」と声をかける。するとそこには、神妙な面持ちでソファに腰かけている父親と母親の姿があった。
「未来、座りなさい」
「あ、うん」
父親の声は普段より低く、母親の目は赤く充血している。明らかにいつもと様子が違う両親の姿を見れば、なにか悪いことが起きたのだとすぐに理解できた。
重苦しい空気が漂う中、父親に言われた通りソファに座る。
父親の口から、どんな事実が語られるのだろうか。
不安と緊張で胸がざわつき始めたとき、信じられない言葉が私の耳に届いた。
「未来。佐伯さんのおばあさんが亡くなった」
「えっ?」
「昼間、台所で倒れて、そのまま……」
父親が震える声を隠すように、手で口を覆う。
口うるさい母親はとは違い、父親は物静かで穏やかな性格。そんな父親が私に嘘をつくはずがない。それなのに、佐伯のおばあちゃんが亡くなったという父親の言葉を信じることができなかった。
「嘘だよね? ねえ、嘘でしょ?」
嘘であって欲しいという願いを込めてソファから立ち上がると、父親に詰め寄る。しかし父親は無言のまま瞳を伏せるだけ。
「未来。嘘じゃないのよ……」
声を荒らげる私をなだめるように、母親の弱々しい声がリビングに響いた。
明日は敬老の日。日頃の感謝を込めて、おばあちゃんに和菓子をプレゼントしようと密かに計画を練っていたのに……。