青夏ダイヤモンド



「違いました?」

彼も半信半疑だったのか、私の反応が無いことに不安になったようだった。

違う、と言えば信じるだろうか。

いや、でも、ある程度彼は確信を持って聞いてきている。

それに、よく見れば見たことがある気がする。

「俺、小学生の時に少年野球してました。宮崎翔馬といいます」

「もしかして、私のデッドボール・・・」

「あ!そうです。覚えてますか?」

血が流れる顔。その奥に見た、責めたような目。

どうして。

握りしめた手に力が入る。

「あの時の怪我は・・・」

「ああ、これですか?血ばっかり大げさに出たみたいですけど、ほら、全然目立たないですよね?」

片方の瞼を閉じると、うっすらと一筋の傷が目に入った。

「ごめんなさい」

「え?」

「私、ごめんなさいって言ってなかった、ってずっと思ってた。それに、傷まで残ってたなんて」

キョトンとしている彼に向かって、改めて頭を下げる。

「や、やめてください。俺、言われるまで忘れてたくらいで、傷って言ってもこんなんだし、それに、これは都さんのボールで切ったんじゃなくて、転んだ拍子に石かなんかで切ったんです」

「でも、きっかけを作ったのは私だし、初めての試合であんな怖い思いをさせた、って思って、本当に申し訳なかったの」

「そんなに気にさせてたんですか?だったら、むしろごめんなさい。俺、練習にすぐに復帰しましたし、中学生入っても野球続けてました。いや、そうじゃなくって、俺が都さんに声かけたのは、あの時憧れた人に会えたからなんです。フォームとか真似たりして、でも会ったのはあれ一度きりだったから、幻の人、みたいになってて、本当にいたんだーって思ったら、声かけてました」

目を輝かせながら、彼は混乱気味に早口で言葉を連ねる。

「す、すみません。なんか、興奮しちゃって」

ハッ、と気付いて照れ笑いを浮かべる。

「翔馬ー。何してんのー?順番来たよー」

中から一緒に来た女子が呼んでいる。

「また野球頑張れそうですっ。それじゃ、いきなりすみませんでした」

ぺこ、と頭を深く下げた彼が走って仲間の輪に戻って行くのをぼーっと眺めていた。

何だろう。この喪失感。

私は何に何年も囚われていたのだろうか。

今でも、あの目を思い出すと恐怖を感じる。

もはや、恐怖を感じるように私が勝手に作ってしまった、幻でしかないのだろうか。