だけど、絵里花はどんな話題だろうと、こうやって史明と話ができるだけで嬉しかった。歴史のことを話す史明は本当に生き生きとしていて、絵里花の心まで浮き立ってドキドキしてくる。
史明はバーテンダーの動きなど気に留めることはなく、目を丸くして絵里花をじっと見つめた。
「君にしては珍しい。『除蝗録』をよく知ってたね」
「私の専門は江戸時代ですし、大学のゼミの演習で読んだことがあるんです」
「それじゃ、この話題は君の方が詳しいな。俺の方がいろいろと教えてもらいたいよ」
ビールを飲みながら史明が楽しげな笑みを見せると、絵里花は恥ずかしそうに肩をすくめた。
本当に珍しいのは、史明の方。史明がこんな風に、絵里花を評価してくれたことがあっただろうか。かったるかった大学の演習だったけれど、今はその過去に密かに感謝をしていた。
絵里花が頼んだカクテルからも歴史の窓は開かれて、史明はどんどん饒舌になる。普通の人には、ややもするとうざったくなる話題でも、二人の間の会話は尽きることがなかった。
何度か飲み物のお代わりをして、会話が途切れたとき、史明が息をついて切り出した。
「……そろそろ、出ようか」



