どちらかというとこんな分野は、自己啓発が趣味の絵里花の方の領域だったが、絵里花もそれは経験したことがなかった。
すると、礼子は〝悟り〟とは程遠い顔で、ニヤリと笑った。


「まあ、それもなくはないけど。それより、お寺の住職がいい男なのよ。警策(けいさく)(※)でバシン!とやられると、もう痺れちゃうのよね~」


頬を上気させて、ウットリと視線を宙に漂わせる礼子。
こんな煩悩だらけの物言いに呆れて、絵里花はなにも言葉を返せなくなる。

それからひとしきり、礼子の座禅談義に花が咲いたが、いつも礼子と落ち合ううらぶれた居酒屋に到着した頃、ようやく話題が絵里花のことになった。

裏通りにあるこの居酒屋の雑多な感じは、眩しすぎる絵里花の輝きをうまい具合に中和させて、周りに馴染ませてくれた。


「それで?私のことより、絵里花はどうなのよ?崇と別れてもう随分経つし、そろそろ新しい彼氏でも出来た?」


勘のいい礼子は、いきなり〝その〟話題を持ち出してきた。


「……え……」


その話をしようと思っていたに違いないのに、絵里花は顔を赤らめて、それを切り出すことを躊躇してしまう。もじもじしている絵里花を眺めながら、礼子はお通しをアテに生ビールを飲み干す。



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※ 座禅の時に睡気や気の緩みを戒めるために鞭うつのに用いる棒。宗派により「きょうさく」とも言う。