久しぶりに再会を果たしたグランとエリーゼは、貴族の紳士達から祝いの杯を受けていたが、やがてホールの喧騒から離れると、静かなバルコニーで語り合った。
最後に会ったのは数ヶ月ほど前だったので、互いに懐かしさと、より一層の愛おしさを感じていた。
「君に、ずっと聞きたいことがあった」
グランは真剣な表情でエリーゼの方を向いた。
「その……君は伯爵令嬢で、とても魅力的だから、引く手数多だったはずだ。公爵家からも縁談があったときいた。それなのにどうして、どうしてこんな俺みたいな……」
「あなたを選んだのかって?」
エリーゼは微笑んで言葉を引き継いだ。グランは眉を寄せて頷いた。
「あの花売り娘や、エミール、ジャスマン、ダカン侯爵にも訊かれたんだ、俺は、その……特別顔がいいわけでもないし、ましてや牢獄にいたことも……」
「……ひとめぼれって言っても説得力はなさそうね」
「は? ひ、ひとめぼれ? この顔に?」
グランは、エリーゼの正気を疑った。エリーゼは困ったように微笑んだ。
「ごめんなさい、顔ではないのよ。でもほんとうに直感的に思ったの、ああ、この人はなんてまっすぐな人なのかしらって」
「まっすぐ? 俺が?」
グランが顔を思い切りしかめているのにエリーゼは吹き出し、笑いながら頷いた。
「ええ。ほら、最初に会った日、あなたは復讐をしようと一心不乱だったでしょう? あの時は全力で止めたけど、あのなにがなんでも果たしてみせるっていう強い心情がとても素敵だと思ったの」
グランは奇怪なものを見るような目でエリーゼを見た。
「血迷ったな」
「そうね、確かに変かもしれない。でも、商いの時もそうよ。目標に向かって突き進む時のあなたは誰よりも光っていたわ、あの宮殿の舞踏会の時は特にね」
グランはますますわけがわからなくなった。あの時は確か、仕事の話に熱中してしまって、エリーゼをないがしろにしてしまったのだ。
「考えれば考えるほど、俺は最低な男でしかないじゃないか……」
ずんと暗い顔になったグランに、エリーゼは笑顔で首を振った。
「違うのよ、ううんと、そうね……言葉にし難いのだけど、要はあなたのその自分の心に正直に生きている姿が素敵だと思ったの。それを隠そうともしていない正直な心も」
「それは……褒めているのか?」
「あたりまえじゃない! 人はなかなかそういう風に生きていけないものだもの。……あなたはとっても魅力的よ。私が選ぶんだから間違いないわ。次に誰かに、私があなたを選んだ理由をきかれたら、胸を張ってひとめぼれされたって答えるといいわ」
グランはそう言われ、頭をかきながら曖昧に頷いた。エリーゼはふふふと笑った。
「でも、嬉しかった。ドルセット伯爵家が破産して北の地に住んでいるって聞いた時、あなたはすぐにそこへ行くと言ってくれたわね」
「そりゃあもちろん。俺がなんのために働いているかと言えば……君に会うためだからな。話が嘘でほんとうによかった」
グランはエリーゼの頬に手を当てて、もう一度安心したため息を吐いた。エリーゼは嬉しそうにその手に自分の手を重ねた。
「前に私、自分が好きなように行動してるだけで、あなたになにかを求めてるわけじゃないって言ったわね。でも、あなたに愛される素晴らしさを知ったら、そんなことが言えなくなってしまったわ」
グランは小さく笑った。
「俺だって、感情に左右される人生なんて前は考えられなかった。だが……なかなかいいものだと思ったんだ、富や地位を追いかけるよりも、君を追いかける方が――君を信じる方が。それ以上に君は俺を信じてくれているだろう」
エリーゼは肩をすくめた。
「だって、あなたの考えていることはだいたいわかってしまうんだもの。商人としては、ほんとうは失格なのよ」
「一応成功を収めているつもりなんだが。やはり貴族は侮れないな、全て見透かされてしまう」
「いいえ、貴族じゃないわ、平民よ。だって私はあなたの妻になるんですもの!」
エリーゼは笑みを浮かべて言ったが、グランはぎゅっと眉を寄せた。そうだ。彼女は本来貴族であり、貴族に嫁ぐはずだったのだ。しかし同時に彼女がそれほど自分との将来を望んでくれているということに嬉しさを隠せなかった。グランは堪えきれない思いをいっぱいにして彼女の目を見つめた。
「エリーゼ、ほんとうに……ほんとうに俺でいいのか? 後で後悔しないな?」
「もう、グランったら」
エリーゼは呆れたように言った。
「私の決心は岩よりも固いわよ。その代わり、あなたがどんなに嫌がってもついていくんだから。振り払おうと思っても絶対に無理よ」
「……そうだった、しがみつく力は人一倍強いからな。覚悟しておくさ」
グランは初めて会ったあの夜の事を思い出して明るい笑い声をあげ、愛しい女性をもう一度優しく抱きしめたのだった。